食品酒類工業の醸造タンクでは70%以上のシェアを持つ日本容器工業。清酒、ビール、醤油の業界では大きな信頼と支持を得ている。「しかし今、設備投資をする企業は少ないのではないですか」と聞くと、「例えば清酒業界では、多品種少量生産が増えている。良い原料を使い、米を磨き、繊細に醸す高級清酒を大手メーカーも造っており、引き合いはある」という。
もちろん食品酒類以外の建築設備、例えば受水層、排水処理層などの受注も受けており、行政機関には継続しての得意先も多い。
同社の沿革は記録上は昭和2年となっているが、創業は江戸時代に遡る。米どころであると同時に酒どころであった長岡藩の酒の管理を任されていた商家であった。酒樽を得意としていた。それが酒類業が近代産業になるときに、四朗氏の祖父、渡辺定治氏により渡辺商店として設立された。
タンクといえば、いろいろな事業者が手掛けている。しかし、そのほとんどはいわゆる塗装業からの、いわば「ポッと出」である。江戸時代から酒樽を取り扱っていた同社は、食品酒類業のニーズに的確に応えるノウハウを獲得してきた。
昭和初期に「これからの産業は木樽じゃダメだ」と考えた創業者が目を付けたのがホーロータンクだ。耐久性に優れて、歩留まりもよいホーローは、当初は清酒の産地である灘でも疑問視されていたが、同社のソリューション型営業が功を奏し、瞬く間に広がった。
しかし、同社の一番のエポックメイキングは昭和29年に理化学研究所との共同研究で、日本で初めてエポキシライニングの企業化に成功したことだ。これがホーローの時代を一気に塗り替えることになる。
独自のライニング施行法(ノンソルベント・ホットエアレス・スプレー法)は、溶剤を使用せずに高温高圧でスプレーする方法。その特徴は「食品衛生試験合格」「強靭な密着力、優れたライニング性能」「耐酸・耐アルカリ・耐アルコール・耐熱性に優れている」「滑らかな表面。メンテナンス・清掃が容易」など。
これが昭和35年にキッコーマンが「香り・味を傷めない」と第7工場に採用する。当時の状況を渡辺会長は「タンク製造工場の敷地がびっしりとタンクが並び、次から次へとキッコーマンの工場へトレーラーが運ぶ。その様は壮観だった」と述懐する。
最大手のキッコーマンが採用を決めたことで、醤油、食酢、清酒、ビールなどのメーカーがエポキシライニングに着目、その後のタンクの常識となった。
現在、清酒業界では、こまわりのきく小規模な吟醸タンクの需要が多い。醪の温度管理などがしやすいと評判だという。その時々によって造り方は変わるとしても、時代を超えて酒類食品産業はタンクを必要とする。そのニーズに的確に応える術を知っているのが同社だ。(7/22)
渡辺四朗(わたなべ・しろう)
1937年生まれ。60年明治大学卒業。同年山村硝子入社、関信越・東北の清酒メーカーを担当。63年日本容器工業入社。山村硝子で培った清酒業へのノウハウから神戸・灘に進出すべく、67年に初代の関西営業所長に就任。同年に社長のバトンを渡された。97年、60歳で長男の洋一郎氏に社長業を託し、自らは取締役会長に退く。現在73歳。健康の秘訣は「良い酒を飲むこと。良い酒は体を壊さない」。


