1994年にビールの最低製造数量基準が引き下げられた。いわゆる地ビールの解禁だ。その後、地ビールは清酒メーカー、第3セクターなどの参入で雨後の筍のように登場したが、経営が軌道に乗らずに廃業したところが多い。
現在生き残っているのは250社程度とみられる。各メーカーは特定の団体に組織されていないため、いわゆる「地ビール業界」というものは存在しないが、その中でも業界の「異端」「風雲児」とされるのが厚木市に製造拠点を構えるサンクトガーレンだ。
「地ビールという言葉は誰が言い始めたのか分からないが、いかにも地元の村おこしというか地産地消のイメージがある」と岩本社長。同社では米国に倣って、工場は「マイクロブルワリー」、出来上がったビールは「クラフトビール」と呼ぶ。神奈川県の厚木から全国の酒販店、百貨店、飲食店に出荷している。
岩本社長が父とともにビール製造に乗り出したのは解禁の4年前、1990年にさかのぼる。だからといって酒税法で1日に大瓶で約8700本も造らなければ免許を下ろさない日本でではない。酒税が格段に安く、自由競争を受け付ける米国サンフランシスコ州でビールをつくり、日本に逆輸入したのだ。
この試みは現地メディアに取り上げられた。『タイム』誌、『ニューズウイーク』誌がこぞって「日本の閉鎖性の象徴」として小さなブルワリーの挑戦を取り上げ、日本の規制を槍玉に挙げた。コメンテーターの竹村健一氏らもテレビで「日本人が米国でビールを造らざるを得ない」現状を糾弾した。これらが後の細川政権での規制緩和と日本の「地ビール解禁」を後押ししたことは歴史に刻まれていい。
このことからサンクトガーレンでは「日本人で初めて地ビールを製造した」「元祖」を自負している。
製造しているビールは英国が本場のエール(上面醗酵)タイプ。大手メーカーの造るラガー(下面醗酵)とはいわば対極に位置する。「香り」が魅力で、温度もキンキンに冷やすのでなく、ちょっとぬるめでその力を最大限に発揮する。
主力のエール4アイテムに加えて、近年では女性を主なターゲットとした「スイーツビール」を開発した(商標登録済み)。沖縄産黒糖を原料に加えたり、アロマホップの代わりに甘い香りのバニラを投入したり、といった具合だ。
2006年にはバレンタイン時期限定の「インペリアルチョコレートスタウト」を発売し、注文が殺到。今年は3万4000本を準備したが、販売開始と同時に売り切れた。
「私もそうだったが、クラフトビールメーカーには独りよがりが多い。いいものを造れば売れるわけではない」と、有名なパティシエとのコラボレーションなどメディアを巻き込んだPRにも力を入れる。今後の流れを作り出す第一人者だ。(5/18)
岩本伸久(いわもと・のぶひさ)
1962年福岡市生まれ。中学・高校を神奈川県厚木市で過ごす。東京経済大学経営学部卒業後、父が経営する飲茶食材製造の「永興」に入社。飲茶店の経営や営業を担当し、93年に米国でビール造りを始め、97年から厚木市でビール醸造を開始する。2001年に独立し「サンクトガーレン」を設立。会社名の由来は記録が残っているスイスの世界最古の修道院醸造場。「元祖」にちなんだ。


