ホーム > この人の出番 > 第75回 富士産業 代表取締役副社長 中村勝彦氏

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この人の出番

手づくりで愛情表現を具現化 富士産業 代表取締役副社長 中村勝彦

富士産業は1972年設立以来、主に医療・シルバー分野の食事サービス業界のパイオニアとして産業界を開拓・発展した委託給食企業の先駆け的存在。

先代の故中村清彦社長は医療施設に食事提供する全国の企業を束ね、社団法人日本メディカル給食協会を平成元年に発足させた発起人の1人として、会長職を4期6年間務めた業界屈指の企業人といえる。

今年2月1日、代表取締役副社長に就任した中村勝彦氏は、その先代の長男だ。7回忌を迎える今年、現在社長を務める中村龍己社長(勝彦氏の母)を支える副社長として抜擢、さらなる飛躍を期待されている。

新就任について「全国で従業員1万5000人(社員2800人)と、1819施設の得意先を任された身として、チャレンジしたいという力のほうが強い。この役職はパートさんに至る全従業員に支えられていることを認識しないと務まらない。顧客にはこれまで以上に評価される食事提供に努めたい」と身の引き締まる気持ちを率直に語る。

この1年、給食業界も不況の煽りを受け価格競争や過剰サービスに苦しんだ。そんな嵐のただ中にも、同社は今年も3月決算で売上高633億円、前年対比8%増を見込む。

好調は、介護福祉関連のシルバー施設の2桁伸張、次いで主力の病院分野、幼稚園も含めた学校給食、精神病院の食事受託と続く。

「要因は手づくり。先代からの当社の謳い文句、身内のつもりになって手作りにこだわる提供、をしてきたから」ときっぱり。「従業員に、もし自分の親が入所者だったら本当にこんな食事を出す?と問いかけてきた。そうした気持ちを込め料理を提供し、愛情表現を具現化してきた結果」と何事もないように話す。

また、障害者雇用も早くから手掛け、各事業部で1~2名は入れるよう指示、社会的貢献度の高い事業展開をしてきたのが顧客の信頼につながった。

同社子会社のニッショクは全国に7000業者との協力会社組織を作り、全国9ブロックに分け春は経営セミナー、冬は衛生管理セミナーを開催してきた。2世経営者が対象の海外国内での勉強会にも700社の参加があったという。このあたりニッショク副社長を務めてきた自信でもある。

人材教育には力を入れる。女性が圧倒的に多い職場であり、新卒者には十分な現場教育を行なってきた。逆に責任者用に考えたのが社長・副社長との「膝詰め談判」だ。事業部単位で4人ずつ責任者を全国招集し、代表2人とテーブルを挟んで6時間も会話するという。

「これで距離が縮まり、統制がとれるようになった。風通しの良い、強い会社にするためには人材教育に今後も注力する」と明確。

多くの給食業者が恐れる4月の契約更改にも、問題ないと意に反さず、「来年度は10%増の700億円を目指す」と期待どおりの答え。

「独自のシステムで信用を積上げ、顧客に不可欠なオンリー1を目指す」そのためにも求心力を自分のものにするのが夢。「親父の背中を見て育った。代表者の理想に近づきたい」と語る眼差しは熱い。(3/26)

中村勝彦(なかむら・かつひこ)
1966年東京生まれ。89年富士産業入社、95年取締役営業本部長、99年専務取締役。03年ニッショク取締役副社長。09年2月富士産業代表取締役副社長就任。趣味はゴルフ、乗馬、歴史ものなど読書。