保養とレジャーの複合施設「ゆうパークおごせ」(埼玉県入間郡越生町)に隣接する土地に、大きな酒類の製造工場が建設中だ。施工主は清酒蔵だと聞けば誰しもが驚く。清酒の消費は年々減退し、清酒製造メーカーはこの15年で26%も減少しているからだ。清酒蔵の経営は困難を極めているのが現状だ。
施工主は入間郡毛呂山町の麻原酒造。現在の蔵の施設が老朽化しているためと、商品の生産が間に合わなかったり、商品アイテム数が増えたり、それに伴い商品倉庫、包材倉庫ともに目いっぱいになってしまったため、新工場を決意した。同社は日本酒、リキュール、ワイン、焼酎などあらゆる酒類を手掛けることを通じて、業績を大幅に伸ばすことに成功した稀有な存在だ。発泡酒の製造免許を取得申請し「ビール系からワインまで日本で一番小さい総合酒類メーカー」(麻原健一社長)を目指す。
現在、クイーンズ伊勢丹、サカガミをはじめ、数々の有力小売店のPB(プライベートブランド)を手掛け、売上高もじわりと伸ばしている。問屋でもリョーショクリカーはじめ、有力社と共同開発した製品を多く持つ。その他、飲食店・地酒専門店・業務用卸・問屋業務部などと縦横に取引している。
「十数年前に清酒の市場状況がこうなることは見越していた。ここに経営資源を投入はできないと判断、リキュールやワインの製造免許を取得して多角化を図った」と麻原健一社長。梅酒、ゆず酒、杏酒などの和リキュールは今でこそ「ポスト焼酎ブーム」の商材として注目されているが、すでに十数年前にそれを見越していた。
しかも新しい免許の取得は、それなりの実績がなければ国税局は認めない。昨今の清酒蔵はリキュール免許を取得しているが、限定免許が多い。つまり日本酒を使ったリキュールしか作れない場合が多いが、同社では醸造アルコールを使用できるなど、製造の枠が広い。
しかし、何にもまして、同社のバイタリティを支えているのが、顧客のニーズに応える商品開発力と営業の機動力だ。実はこの点こそ清酒蔵が変わるべくして変われない点だからである。伝統と権威を持っているところほど、その重みからなかなか自由になることが難しい。「いいものを造れば売れる」というプロダクトアウトの考えから脱却できないところが多いのだ。
もちろん、同社も創業は明治15年の老舗だ。初代、麻原善次郎氏は琵琶湖の畔に生れて、9歳で東京青梅の酒蔵へ奉公に入り、29歳のとき現在の地、毛呂山で開業した。もとからある銘柄は「琵琶のささ浪」である。淡麗な酒質として知られている。
しかし健一社長はそこに安住することをしなかった。新しい清酒ブランド「武蔵野」を立ち上げたほか、発泡清酒、酒粕焼酎、リキュールに挑戦していったのだ。また中国などアジア諸国にも輸出を開始、順調に軌道に乗っている。
現在、最も推している商品は生キャラメルリキュール「キャラメリーナ」。「これは本当に自信作。アイスクリームにかけてデザートにも楽しめる」と5代目はにっこり笑った。(8/27)
麻原健一(あさはら・けんいち)
1964年埼玉県生まれ。88年フランスワイン留学より帰国。89年麻原酒造入社、98年日本酒製造担当、99年リキュール免許取得により初代リキュール製造部長兼務、代表取締役社長就任。2001年しょうちゅう乙類製造免許取得により焼酎製造も担当。同年食品会社セイレンフーズ(現在のオアシスフーズ)代表取締役。06年果実酒・甘味果実酒免許取得、初代ワイン担当、現在に至る。趣味はウオーキング、釣りなどの自然探訪。


