「お客様の声を気づきの宝庫に」、カスハラ対策と社内連携を推進 ネスレ日本
ネスレ日本のマーケティング&コミュニケーションズ本部コンシューマーエンゲージメントサービス部(Consumer Engagement Services=CES)は、「お客様ファースト」の理念のもと、お客様相談室を中心に、電話やメール、WEBサイトなど多様なチャネルで生活者の声を受け止めている。同部部長(2025年10月時点) の宮崎康司氏は、CESの役割について「お客様の声を社内につなぐ“気づきの宝庫”になりつつある」と語る。
CESは、食品・飲料・ペットケア、コーヒーマシン、アプリ、通販(BtoC)など、ネスレ日本の主要事業すべてをカバーする窓口だ。国内外の拠点と連携し、9時~18時・年中無休で運営している(一部窓口を除く) 。2024年の電話問い合わせは約23万件と多いが、それでも2017年のピーク時から毎年約1割ずつ減少。一方で、FAQやWEBサイト、AIチャットなどの自己解決チャネルが急速に伸び、コンタクト全体(約230万件)の約9割を占めるまでになっている。
宮崎部長は、CESの役割について「単なる問い合わせ窓口ではなく、生活者の声を企業活動全体へ循環させる“ハブ”である」と話す。そして、問い合わせの減少や自己解決比率の向上は「生活者がより自然にネスレとつながるための設計であり、応対の質と体験価値を高めるための土台でもある」という。

CESは同社が推進する「消費者志向経営」を支える上で重要なカギとなっている。消費者庁などが推進する「消費者志向経営」は、「消費者」と「共創・協働」し、「社会価値」を向上させる経営のこと。出発点として「消費者志向自主宣言」の公表が求められる。
ネスレ日本も自主宣言を策定し、パーパス(存在意義)である「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」を起点に、①お客様ファーストの視点で考える企業風土の醸成、②お客様と共に創る、③お客様の声への対応と社内共有、④共通価値の創造とサステナビリティの取り組み、を掲げている。CESとお客様相談室の活動は、とりわけ③の「声の社内共有」を具体化する役割を担っている。
宮崎部長は、消費者志向経営について「“お客様ファースト”は標語ではなく、事業判断の起点にすることが重要」と述べる。相談室で蓄積される声を定量・定性の両面で分析し、関係部門へ展開する仕組みづくりもCESの重要な任務だという。
社内向けの施策もある。CESの業務や価値を体感してもらう「Consumer 1st Day」を2025年7月に開催した。4日間で計80人の社員が参加し、実際の応対音声やお客様との手紙のやり取り、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策などの取り組みを学ぶもの。生活者の声がどう事業に生かされているか、社員が具体的に理解できることをねらいとしている。
参加した社員のアンケートでは、「最前線でお客様対応する皆さんを尊敬した」「若手社員がいきいきと働く姿に勇気づけられた」などの声が寄せられ、イベントの様子やコメントは社内ネットワークを通じて全社員に共有される。
一方、カスハラ対策では、2024年7月に社内向けにカスハラ対応マニュアルを作成・周知、2024年9月には社外向けにカスハラに対する行動指針のWEB掲載を行っている。
これは、脅迫や人格否定、過剰なサービス要求、長時間対応の強要、SNSでの誹謗中傷など、社会通念上相当な範囲を超える行為には対応を断り、場合によっては警察や弁護士と連携することを明記したものとなっている。
ただ、それ以前にカスハラを生み出さない努力が重要と考えており、「楽しく学ぶ!クレーム対応研修」を実施している。これは、クレーム対応の研修動画などを参考にして、カスハラに発展することを回避するためのものだ。
同部お客様相談室室長の細川得央氏は、「お客様に一方的な自粛を求めるのではなく、企業側もコンプライアンスを守り、誠実な応対を行う責任があることを同じ場で示している点が重要」だとする。カスハラを「起きてからどう防御するか」だけでなく、「起きにくくする企業側の努力」として研修や応対マニュアルを見直している。

そのような中で、CESは対応の量だけでなく「質の高い接点」をどう増やすかに重点を移してきている。カスタマーサポートの研修プログラムでは、デジタルとゲームを組み合わせたクレーム対応の研修も実施し、楽しく学べる仕組みを作った。
同社では、「クレーム対応の心得」として、企業の代表としてお客様と誠実に向き合う姿勢を持つこと。お客様の立場・主張を理解し共感を示すこと、お客様のニーズを把握して適切に対応できる力を身につけることを挙げている。
その内容は外部からの評価も高く、「コンタクトセンターアワード2025」ストラテジー部門最優秀賞(テーマ「“受け身”卒業。コンタクトセンターが仕掛けた逆転劇」)を受賞している。

また、お客様相談室のメンバーのモチベーション向上と、お客様との関係強化をめざした活動が「Wow To Smile Project」だ。これは、問い合わせの中で結婚・出産・転居といったライフイベントに関するキーワードが出たお客様に対し、ブランドアンバサダー(電話やメールでお客様応対を行うコミュニケーターを指すネスレでの呼称)が主体となって、お客様に寄り添う手書きのメッセージや小さなギフトを贈る取り組みで、2024年12月から開始した。2025年11月までに100件の事例が生まれており、現在は「お気持ちを伝えたい」と感じたお客様にも対象を広げている。
背景には、ブランドアンバサダーを対象に行った従業員満足度調査で見えた課題があるという。お客様からの電話やメールの受付業務は迅速に効率よく対応することが求められるため、業務がルーティン化しやすい傾向があり、仕事の多様性やモチベーションを感じることが難しい状況になっていた。そこで、担当者に一定の裁量権を持たせ、+αのプロアクティブなコミュニケーション(メッセージやプレゼント)を任せることで、「やりがい」と「お客様満足」の両方を高めることを目指している。
相談室には、製品の不具合やクレームだけでなく、味やパッケージへの要望、SNS上の反応など、多様な「生活者のつぶやき」が集まる。CESでは、それらを分析し、関連部門と共有する仕組みを整えている。商品開発への提案や社内イベントなどを通じ、相談室が「気づきの宝庫」として注目される存在になっている。細川室長は「お客様の声が私たちの原動力。今後もぬくもりのある対話を大切にしながら、より強く深い関係性を築いていきたい」と語る。

さらに、生活者との継続的な接点として、同社は「ネスレKen人こみゅ」を運営している。これはネスレのコンタクトセンターで15年前から運営していたファンコミュニティサイト「県人こみゅ」を2025年1月にリニューアルしたもの。人のぬくもりが感じられる対話を軸に、お客様視点でのポジティブ経験が自然に生まれる場にしたいと考えて刷新したという。
現在は、1,000人以上の方が参加し、企業と参加者だけでなく、参加者同士も活発に交流を行うコミュニティだ。「食」と4つの”Ken”【地域(県)、健康(健)、社会貢献(献)、豆知識・お役立ち(賢)】にまつわるテーマへの投稿をはじめ、オンライン座談会やリアルイベントの開催など、双方向でコミュニケーションできる場として機能している。
刷新後は、コミュニティ内での交流が活発化し、生活者から寄せられるアイデアや意見も増加したという。こうした声は、相談室が集めるVOCとは異なる“日常の気づき”として社内にも共有されており、マーケティングや企業コミュニケーション施策の検討に活かされている。
同社は、「ネスレKen人こみゅ」に集まる生活者の発想と、お客様相談室が受け止めるVOCの双方を組み合わせることで、生活者理解の深度をさらに高める考えだ。
細川室長は、相談室に寄せられる声について「最も生活者の本音が集まりやすい場」と位置付ける。製品の不具合やクレームだけでなく、味やパッケージへの要望、日々の小さな気づきまで、多様な“ご意見”が集まる点が特徴だという。「こうした声には、商品改善だけでなく、ブランド体験のヒントも多い。今後も声を迅速に社内へ共有し、より良い意思決定につなげていきたい」と語った。







