沖縄で国産コーヒーの大規模栽培実現へ、世界の知見と現場の工夫で初収穫目前に、沖縄SVとネスレ日本の挑戦

2021年11月に結実した様子(赤の実)
日本では難しいとされてきた国産コーヒーの大規模栽培に向けて、沖縄での取り組みが進んでいる。元サッカー日本代表の高原直泰さんが率いるスポーツクラブ「沖縄SV(エスファウ)」と、「ネスカフェ」で知られるネスレ日本が連携し、2019年4月に開始した「沖縄コーヒープロジェクト」だ。世界的な食品・飲料企業の知見を活かしつつ、沖縄の気候に適した栽培方法を模索しながら活動することで苗は成長し、2022年冬以降に、初収穫を予定している。規模は小さく商業ベースにはまだ程遠いが、協業する自治体や農家が増えて大規模栽培に向けた取り組みは進む。コーヒーが沖縄の特産品になる日がくるかもしれない。

もともとコーヒーの栽培は、温暖で適度な雨量のある場所が適しており、赤道をはさんで南北緯25度、北回帰線と南回帰線の間の「コーヒーベルト」と呼ばれる地域において、ほとんどが生産されている。日本の最南端である沖縄県は、およそ北緯24度から28度(本島は約北緯26度)にある。栽培は可能だが、台風などもあって風が強く日差しも強いため大規模栽培は難しく、これまでは限定された量にとどまっていた。

その沖縄でコーヒーの生産量を拡大しようとする動きがある。これは、沖縄SVの高原代表が、スポーツクラブは地域・コミュニティの活性化において重要な役割を持つという考えから、ネスレ日本にコーヒー栽培を持ちかけたことがきっかけで誕生した「沖縄コーヒープロジェクト」だ。沖縄でのコーヒー栽培は立地面で課題が多いが、プロジェクト関係者は、大規模栽培を成功させ、コーヒーを沖縄の特産品にする夢に向かってさまざまなチャレンジを行っている。

栽培の大きな流れは、「種の選定」→「苗木の生育」→「農園の開墾」→「農園へ苗木の移植」である。「種の選定」は、世界のコーヒー農園を支援して豊富な知見を持つネスレ日本が、沖縄の栽培に適性があると考えたコーヒー苗木の種を提供している。また、2022年5月には海外から農学者を沖縄に招き、コーヒー栽培に携わる農業従事者に栽培の技術支援も行った。

「沖縄コーヒープロジェクト」播種〜結実までの流れ

「沖縄コーヒープロジェクト」播種〜結実までの流れ

 
「苗木の生育」は、中頭郡西原町の琉球大学内のビニールハウスや農園で約9カ月かけて育てられる。苗木を農場に植えるタイミングや場所などは琉球大学の研究者と相談して決定するという。沖縄特有の気候や害虫に対応するため、プロジェクトのスタッフが日常管理を徹底している。沖縄SVの農業生産法人である沖縄SVアグリ代表取締役の宮城尚さんは、次のように話す。「良質のコーヒー豆は、生育のスピードの良い悪いだけでは判断できません。生育が遅くてもたくさん収穫できるかもしれないし、病気に強いかもしれない。害虫に関しては、海外のデータを見ても参考にならないことも多いです。日本での課題を見つけて対策しています」。
 
「農園の開墾」と「農園へ苗木の移植」では、沖縄SVのサッカーチームの選手や関係者が総動員で農園の開墾を行い、琉球大学で育てたコーヒーの苗を農園に移植した。また、自治体や地元農家の協力者を増やしながら栽培面積を広げている。協力農家を含めて農園は11カ所まで増えており、コーヒー苗木もこれまで計6500本を植樹した(2022年4月末時点)。
 
だが、やはり沖縄でのコーヒー栽培は簡単ではない。「沖縄コーヒープロジェクト」第1号の農場(名護市)は、海が近くて強い風が吹くため、防風林や防風ネットで対策をしても、強風で支えが倒れてしまうことがあるという。また、強い日射し対策で遮光用のシェードツリーも植えているものの全てはカバーしきれず、育ちの良くない木もあるのが現実だ。
 
一方、活動を続ける中で新たな発見もあったという。それは、山間で急な斜面にある風や日差しの影響の少ない場所(大宜味村)に植樹したところ、生育がとても良かったことだ。農場までの道のりは、坂や林などがあり険しいが、今後農園を広げていくにあたっては、同様の条件の場所を探して植樹していくことを検討しているという。ネスレのグローバルの知見と、現場で試した地域特有の栽培の知見を合わせ、沖縄での大規模栽培の実現を目指す。

大宜味村の農園

大宜味村の農園

 
ネスレ日本飲料事業本部に所属し、沖縄在住で同プロジェクトに従事する一色康平さんによれば、生育状況は沖縄県の環境下では割と良いという。「沖縄は条件としてはなかなか難しい場所ですが、コーヒーを栽培できないわけではありません。適した品種や栽培環境、土壌の条件を的確に見極めることで、高品質なコーヒーは栽培できます。現在は、付加価値の高いアラビカ種を中心に栽培をしています」。
 
ネスレは、世界で最もコーヒーを取り扱う企業であり、世界的には「ネスカフェ プラン」というプログラムにて、高品質のコーヒーを継続的に届けるための活動を行っている。2010年から中南米、アフリカ、アジアの計15カ国で展開し、生産効率を向上するためのアドバイスや、2億3000万本以上のコーヒーの苗木を提供してきた。ネスレ日本は「沖縄コーヒープロジェクト」に世界的な「ネスカフェ プラン」でのノウハウを取り入れ、製品化も視野に入れた中長期的な計画を立てている。コーヒー豆の生産量拡大に伴い、沖縄県産のコーヒー豆やコーヒー製品を新たな特産品にしていく考えだ。
 
沖縄SVの高原代表は、3年以上にわたるプロジェクトについて次のように述べた。「ひと言でいえば大変でした。コーヒーは単純に植えて育つわけではありません。ちゃんと育っているものと、そうでないものがあるので、そこが今後の課題です。育っていないものは植え方を変えるなど、改めてトライします。その繰り返しです。コーヒーが沖縄に根付き、特産品になればと思います。11月から始まる初収穫では数千杯から5000杯分の収穫が目標です。コーヒーに関わる人たちを増やしながら、沖縄でコーヒーの収穫を広げていきたいと思います」。
 
沖縄県は1次産業(農業・漁業など)の課題として、耕作放棄地の存在や農業就業者の高齢化、沖縄県産農産物の競争力のアップなどがある。そのため、新たな特産品を目指す「沖縄コーヒープロジェクト」は自治体からの期待も大きい。名護市に続いて2022年からは、うるま市との連携も始まり、耕作放棄地を活用した新農場などが予定されている。沖縄での国産コーヒーの実現は簡単ではないが、1次産業の課題解決や地域活性化につながることから、中長期的な息の長い活動になりそうだ。