ESGとCSV、どう向き合うか 食品企業の価値発信し「共感」得よう―一橋大大学院・名和高司教授

〈なぜ今、ESGが注目されるのか〉
ESG(環境、社会、企業統治)投資の増加など、国内外でサステナビリティ(持続可能性)やCSV(Creating SharedValue=共通価値の創造)への関心が高まっている。なぜ注目され、必要とされているのか。また、食品企業はどう向き合えばよいのか。日本型CSVを提唱している一橋大学大学院の名和高司教授に話を聞いた。

〈持続可能な経営へ 長期的な視点を持て〉
――国内外でESGやCSVへの関心が高まっています。背景を教えて下さい。

ESG投資が特に注目されていますが、最初は企業のコンプライアンスへの関心が高まり、ESGの「G」であるガバナンスを守らないと企業価値を損なうという意識が高まったことで、ネガティブな部分で出発したと思います。

ただ、「E」(環境)と「S」(社会)は企業価値の側面だけではありません。「E」(環境)は、どうやって持続可能な環境にするかが大事になります。温暖化問題だけでなく、食料や水の枯渇の問題もあります。資源がなくなると人は生きられません。環境への意識を高くしなければ、企業は持続可能な社会に貢献できなくなりますし、企業価値も持続可能な状態になりません。例えばネスレは水が2050年に枯渇するのではないかという危機感の中で水資源を守る活動をしています。水というのは彼らのビジネスの中心でもあり、枯渇するとビジネスそのものが存続しなくなります。つまり、水の問題は単に環境の問題というだけでなく、事業そのものであるという問題意識を持っているのです。

「S」(社会)のソーシャルの部分は児童労働など人権の問題もあります。企業がしっかり取り組んでいても、原料を供給する新興国のサプライヤーが人権意識が欠けていると、そういう状況を容認していることから企業姿勢が問われます。一方で、ポジティブにいえば、社会全体がもっと安心・安全で人が豊かに暮らせるような、クオリティ・オブ・ライフが高まる取り組みを行えば、顧客やステークホルダーからサポートや支持を得られ、持続可能な経営につながります。

従って、企業価値を短期的ではなく、長期的に高めることを考えた時、ESGの考え方を持たないとリスクにさらされたり、社会からしっかり支援してもらえません。そこで、持続可能な経営に向けて、ESGが注目されてきたのだと思います。

――国内で注目されてきたきっかけは何ですか。

一つは、コーポレートガバナンスの改革が15年から日本で始まったことです。これまで日本はどちらかというと遅れていて、ROE(自己資本利益率)など短期的な数値ばかりが注目され、ESGのような長期的視点はあまりありませんでした。ところが海外の投資家は長期的に企業価値を高める企業に投資する傾向にあります。ESG投資が盛んなのは欧州ですが、米国でもその傾向が出てきました。日本企業のトップも、海外でIR活動を行うとESGに対する取り組みを聞かれる機会が増えるので、ガバナンスを超えた環境や社会に対する目線が必要という新しい経営の流れに気付かれたのではないでしょうか。

――日本企業は持続的な成長に向けて、どのように取り組めばいいですか。

環境や児童労働のような問題について、日本企業は基本的にはすでに取り組まれていると思います。ただ、それに加えて、共感が必要だと思っています。もっとポジティブに、もっとプラスの活動をして共感を得ることに取り組まないと、ブランドが支持されず、顧客が離れ、コミュニティからも疎まれてしまうのではないでしょうか。環境や社会にもっとポジティブに働きかけることが、「共感」を呼ぶ上で重要になるでしょう。

〈日本版CSVとは〉
――先生が提唱されている「日本版CSV」(J‐CSV)をお聞かせ下さい。

私は米国の心理学者であるマズローの欲求5段階説の話を紹介しています。最初の段階(生理的欲求、安全の欲求)は、生きるか死ぬか、安全など生死に関わるもので、新興国における社会課題になります。その上位概念(所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求)は、成長社会の課題を捉えたものです。これは最終的に自己実現に至る、ある種エゴイスティックなもので欲望経済ともつながります。成長過程における大きなドライバーであり、1970年代の日本や現在の中国ではひとつの大きな起爆剤となりました。

ただ、欲望経済を続けていると、いずれ地球は破綻してしまいます。そこで、マズローが晩年に6番目として提示したのが自己超越の欲求です。自分を超えて何かに貢献したい、社会に対して何ができるかを考えようという成熟社会の課題です。単に物質的要求でなく、精神的満足度の世界をマズローは説いています。

そのような意味で、成長社会では自己実現の欲求が強く、一方で現在の日本のような成熟社会では、ガツガツ儲けたいという人は減り、ワークライフバランスやクオリティ・オブ・ライフを考えて生活したいという人が増えます。そのような人たちが志を持つと、自己実現というより、周りに何ができるかという自己超越を求めるようになります。自分が何のために存在し、どのように人のためになれるかということに気付くのが成熟社会の特徴でしょう。そうだとすれば、貧困や安全の課題を超えて、高齢化が進む日本社会において何が社会課題なのかを改めて問い直すことが必要です。物質的な豊かさは当たり前で、それを超えた精神的な豊かさ、幸せのようなものを皆が感じられることが日本的な、あるいは先進国の社会課題だと思います。

例えば「安全」と「安心」です。安全は無いと困るものですが、安心はとても高度な話になります。英語で言えばPeaceof Mind、つまり心の平安です。この企業に守られると自分は安心だという信頼は、安全をはるかに超えています。そのようなブランドになれば、消費者は身の回りに置きたいと思い、圧倒的に支持します。安全問題で日本企業にほころびが出てくる中で、「安心」のブランドを作ることは、とても社会的な貢献につながるものです。

これは味の素社の取り組みですが、ビジョンで掲げている味の素ASV(Ajinomoto Group Shared Value)の中で、最も大事にしているコンセプトは共に食べる「共食」です。個食が増えている状況を超え、コミュニティや共感できる人たちと一緒に食事を共にすることが、新しい価値になると考えたものです。個に慣れている社会の中であえて新しい価値を唱え、そこに共感が生まれることが大事であり、そういうものが社会課題の解決として求められています。

もう一つの例として、ネスレでは身体の健康(ヘルス)にとどまらず、身体と心の両方の健康を意味する「ウェルネス」を提唱しています。精神的な健康は希少価値が非常に高くなっています。それこそが成熟社会の課題先進国の日本における社会課題であり、そういうものを日本版CSVの中で解決していけたらと考えています。

J-CSVのキーワード

〈CSVの取り組みで社員の心に火をつける〉
――「共感」をキーワードにすると、大勢で取り組めそうです。その際には、各社の根源的な価値を見つめ直すことも重要ですね。

そういう意味では客観的な言葉より、各社が思いのこもった言葉を使って活動することも大切でしょう。「共食」のように、企業のこだわりを出さないと形式で終わってしまうかもしれません。つまり、全従業員がCSVを自分ごととして考え、行動できるようにすることが重要になります。

例えば、物流の担当者がフォークリフトで自社製品を運ぶ時、この製品によって、どのようなお客様が、どのように感じていただけるかという価値の重さを意識すれば、きっと作業が丁寧になるでしょう。また、物流という行為自体に愛情が湧き、役割の重さを感じて単に物を運ぶだけではないという精神が生まれるのではないでしょうか。そこが日本型CSVの良さです。

従業員の心に火をつけるのがCSVの重要な効果ですし、それによって一人ひとりが社会的価値を提供するという意識に変わっていきます。CSVに取り組む企業とそうでない企業の大きな違いは、そこに目覚めた社員がどれだけいるかの違いと言えるでしょう。

CSVの浸透には、まず企業のトップが発信する必要があります。そして、現場の知恵や発想をくみ上げて、全社展開や事業モデルにする力が経営者には求められると思います。

〈日本の食は社会価値の宝庫〉
――日本ならではのCSVを実現するポイントは。

「マインドフルネス」という活動が、シリコンバレーなどで活発です。ヨガや座禅・瞑想を通して心を穏やかにし、未来を見つめたり、成果を上げるような活動です。日本的な価値観の「和」や「安らぎ」といったものが、人間の創造性を本質的に高めるということを、世界が認めていることを示すものだと思います。

これは、「和食」がユネスコの世界遺産になったこと以上に、日本の価値観そのものが21世紀の新しいcreativity(創造性)やinnovation(革新)の源泉になるかもしれないことを意味しています。そのように考えた時に、日本の食品メーカーがそれぞれの価値観の源泉をいろんな形でもっと表現できるはずです。自信を持って世界に発信するタイミングだと思います。

〈産業化進め新たな挑戦を〉
――食品企業がサステナビリティを推進する上でのアドバイスを下さい。

世界的に見ると、日本はいろいろな産業で苦戦している状況です。しかし、食品はグローバルで勝てると思いますし、日本の産業の柱になれると考えています。日本の食から生まれる価値は、単においしさ健康だけでなく、社会的な共感を呼べるような癒やしや新しい価値観を包含していると思います。世界中で紛争や戦争などがある中で、人々がどのように和を感じ、共感を得られるかということは大きな課題です。そのような場面で、品質やストーリーにこだわる日本の食品は、世界中の人々が注目する価値を提供できるのではないかと思います。

残念なのは、まだまだ産業化が進んでいないところです。もう少しIoTやAIなどを導入して効率化や新たなチャレンジを行い、加工や小売の仕組みが確立されていくと、未成熟なだけに伸びしろは大きいと思います。また、活動を進める際には日本の価値観の重要な部分を忘れないことが大切です。日本の食は世界的に価値観の宝庫なので、これからますます投資のしがいがあると考えています。

難しいかもしれませんが、食品企業が一次産業まで入って応援し、そこから小売までつなぐような新しい業態も考えられるでしょう。

――最後に、食品企業へメッセージをお願いします。

「衣」「食」「住」がありますが、その中でも食の世界は、クオリティ・オブ・ライフを最も変えることができると思います。味の素社の伊藤雅俊会長がよく話されるのですが、人間の身体は3カ月前に食べたもので形作られるそうです。そう考えると「食」は、その人そのものになります。どんな「食」にするかで、健康も含めてクオリティ・オブ・ライフの根本が変わります。一番人間に近い原点であるため、そういう意味では産業の根幹と言えますし、日本の産業の中で重要性が増していくでしょう。そういう意味で「食」にはとても注目しています。私自身が食いしん坊だということもありますが。

【一橋大学大学院国際企業戦略研究科・名和高司教授】大学院では、「グローバル経営」「新興国戦略」「イノベーション戦略」「コーポレートガバナンス」を担当。ファーストリテイリング、デンソー、味の素などの社外取締役、ダイキン、日立、リクルートなどのシニアアドバイザーを兼任。著書は「成長企業の法則」「CSV経営戦略」「学習優位の経営」など多数。

〈食品産業新聞 2018年1月1日付より〉