布施孝之氏(キリンビール代表取締役社長)が逝去

故布施孝之氏
キリンビール代表取締役社長・布施孝之氏は、9月1日午後8時32分、心室細動のため、都内病院で逝去した。告別式は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止を踏まえ、遺族の意向により近親者のみで執り行う。後日、「お別れの会」を行う予定。なお、後任は、来春までキリンホールディングス代表取締役社長・磯崎功典氏が兼務する。

一貫して営業畑を歩み、現場主義に徹した。キリンビール社長に就任し、「お客様のことを一番考える会社」を目指し、徹底的に現場を回り、社員との対話を繰り返した。低迷時期もぶれずに判断基準を「お客様」とし、主力ブランドへの集中投資と、お客様を徹底的に理解するカルチャーづくりを行い、組織風土改革を実現。「本麒麟」というヒット商品を世に登場させ、また「キリン一番搾り生ビール」の再成長を果たした。コロナ禍の環境変化に対応し、家庭用市場ではクラフトビールや「キリンホームタップ」といった高付加価値商品を発売するなど、お客様支持を大きく上昇させた。

飲食店向けに、少容量でロスの少ないサーバーに力を入れるなど、常に世の中の困りごとの解決に心を配った。若手社員に向けて「布施塾」を開講し、未来のキリンビール幹部育成にも尽力した。

キリンHD社長・磯崎功典氏のコメント=突然の悲報に接し、社員全員まだ現実として受け止められていない。キリンビールを強い組織に改革し、この先もキリンビールの商品やサービスで世の中に笑顔と幸せをもたらしたい、という強い思いで取り組んでいた矢先であり、今は喪失感に苛まれている。誰よりもお客様のことを一番考えていた布施社長の思いを、残された我々全員でしっかり繋ぎ、少しでも布施社長に安心してもらえるよう全力で取り組んでいく。

布施孝之(ふせ・たかゆき)
1960年(昭和35年)2月17日生(享年61歳)、1982年早稲田大学商学部卒、同年キリンビール入社、2001年10月首都圏地区本部東京支社営業推進部長、05年首都圏統括本部首都圏営業企画部長、2008年近畿圏統括本部大阪支社長、2010年小岩井乳業代表取締役社長、2014年キリンビールマーケティング代表取締役社長、2015年キリンビール代表取締役社長。

〈【追悼】布施孝之氏〉
布施孝之氏(キリンビール代表取締役社長)が2021年9月1日、急逝した。信じられない、信じたくない。

コロナ以前だが、年に数回、専門紙記者と一緒にお酒を飲む機会をつくってもらっていた。毎回、「瀬戸さん、飲んでる? ビールお替わり、お替わり」と勧められて、とても嬉しかった。7月16日にインタビューを受けてもらったばかりだ。

「社長業、そろそろ長い…ですかね」「本、書かないんですか」などという筆者の軽口にも、「まだ、辞めるわけじゃないんだから!」と笑い飛ばして頂き、やりたいことはヤマほどあるご様子、意気軒高だった。「改革はまだ道半ば」という言葉を聞かなかったインタビューはない。

社員を信頼し、社員から信頼されていた。会社の幹部とも意思疎通がはっきりできている。そのように外野から見える、と言うと「あ、そう。メディアからもそう見える? それは嬉しいね」とニコニコしていた。「各部門にはかなり自由に任せている。それがなぜできるかというと、“お客様と向き合う”ということをブレずに共有できているから」。

2014年の社長就任時から、“お客様に一番に愛される会社に”を繰り返してきた。「なんとかの一つ覚えみたいだけどね。周囲からは“布施は何を当たり前のことを言っているんだ?”と思われていたと思う。でも、これは一見、当然至極のことではあるけど、実現は難しい」。

就任当初、社員に「まずはスモールサクセスを積み重ねる」と諭した。「負け戦に慣れてしまった社員を鼓舞するメッセージだった」。そして「発泡酒ゼロゼロ戦争」を「淡麗プラチナダブル」で制する。2015年、2016年には47都道府県で味わいの違う「一番搾り」づくりにチャレンジする。「これも、社員の意識改革の一環だった」。それでも、変化の遅さに歯がゆい思いだったという。

2017年の春からは、抜本的に組織風土を変えるために、いわゆる“布施改革”をスタート。社員全員が、危機感と過去の反省をスタートラインにして、膝詰めで議論を重ねた。分散していたマーケティング・商品戦略を“絞りと集中”に切り替える。そして2017年「一番搾り」のリニューアルに成功、2018年には最後の課題であった麦系の新ジャンルで「本麒麟」を発売、現在の強固なポジションに至っている。

また、CSV経営にも真正面から取り組んだ。大手にありがちな、いわばアリバイ的な姿勢ではない。「社会貢献だとかSDGsだとか、難しいことはいいんだ。“世のため人のためになっているか”と分かりやすい言葉で伝えている。自分も社員も、それを自問する。

突き詰めていけば、仕事のやりがい・生きがいにつながる。結果、生産性も上がる。そういう会社にしていきたい」「ブランドやマーケティングというとキリンだよね、と言われる会社にしたい」。その目は、もはや日本のみならず、世界に冠たるマーケティング会社に向かっていた。

業界関係者をはじめ、多くの方々が、布施氏の飄々として飾らない性格に愛惜の言葉を述べている。今頃、天国で、はにかんでいらっしゃるでしょうか。謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。(瀬戸)