本紙米麦日報ではこのほど、去る6月7日付で(一財)食品産業センターの理事長に就任した荒川隆氏(元農林水産省農村振興局長)を訪ね、インタビューした。

――就任の抱負を。

前任の村上(秀徳)先輩はビッグネームですから、私も村上さんのように、などと偉そうなことを言うつもりは毛頭ありませんが、一所懸命頑張りたいなと思っております。

1970年(昭和45年)の設立以来、このポスト(当初は専務理事)には農林省・農林水産省OBが就いているわけですから、それなりに行政との連携を期待されているのだろうと思います。ということは、業界の皆様方の意見を集約し、それを政策当局なり政治の世界なりに繋いでいくことが、求められる使命であろうと自覚しております。私も30年ちょっと農水省で仕事をさせていただいてきましたので、微力ではありますがその経験を活かし、使命を果たしていきたいと考えています。

ご案内の通り食品産業は、食品“製造”に限っても、様々な業界・業種別団体があって、そのそれぞれごとに課題を抱えておられます。そうした個別業界ごとの課題解決のお手伝いもさることながら、私どもに求められているのは、もっと大きな意味で、「食品産業政策」全般の課題解決と提案なのではないでしょうか。その意味で、「農林水産物・食品の輸出促進」と「みどりの食料システム戦略」、この2課題が、中期的な食品産業政策の二本柱となっていくのだろうなと見ています。

ですから、この二本柱に対して、私ども食品産業界にも様々な意見・考え方がありますので、それらをしっかり政策当局へ繋ぎ、政治の世界の先生方にも応援をいただこうと思っています。また食品産業といっても大企業だけでなく、比較的中小規模な地場産業の方々もいらっしゃいますので、そうした方々の業容拡大に繋がり、最終的には「食料の安定供給」という消費者の皆様への最大の貢献をお手伝いできれば、というのが抱負でしょうか。

――二本柱のうち輸出のほうは、低いハードルではなさそうですが。

そうですね。「国内で製造したモノを海外へ持って行く」という基本的な輸出のモデルが、食品の世界に当てはまるのかは、一度真剣に考えるべきかとは思います。

輸出というと、パッと浮かんでくるのが自動車や白物家電かと思いますが、昭和40年代頃でしょうか、最初に「国内で製造したモノを海外へ持って行く」モデルが誕生したところまでは当然だと思うんです。しかしその後、為替変動(内外価格差の拡大)や物流コストの増嵩、国内人件費の高騰といった環境変化を経て、今や現地に工場を設けて当該国の需要に応える、ちがった形での「輸出」に変貌を遂げています。

だから農水省が二本柱の一つに輸出を持ってくるところまでは、第一歩目として理解できるのですが、環境変化に伴い、そのままのモデルではハードルが上がっている点が一つ。もう一つは、自動車や白物家電との大きな違いです。広く「食」は、優れて消費者のスペシフィックな需要がある、言い換えると多様性の集合体のような分野です。つまり日本で日本人がおいしいと思っているモノでも、そのまま海外へ持っていくだけで売れるかというと、少なくともそう簡単ではない。食生活・食習慣というものは本来、“保守的”なものであって、乗り越えるにはかなりハードルが高いと言わざるを得ません。

また、これは先般(7月20日)、自民党の農林合同会合に呼ばれた際、要望したことですが、輸出先国の原料に関する食品安全規制、食品添加物などの規制、表示・容器規制、ハラールなど多くの規制に対応する必要があります。そこの、民間ベースではどうにもならない部分を、まずは開ける努力を国にお願いしたところです。

――どうもありがとうございました。

【プロフィール】
あらかわ・たかし 1982年(昭和57年)早大政経卒、農林水産省入省。総合食料局食糧部長、生産局畜産部長、大臣官房長などを歴任。農村振興局長を最後に2019年(令和元年)退官。(一財)食品産業センター理事長就任の直前までは、損害保険ジャパン(株)顧問を務めていた。2020年(令和2年)からは全農の経営管理委員も務めている。宮城県出身、62歳。

〈米麦日報2021年8月3日付〉