回転寿司業界のトップといえば、スシロー。実績を重ねた今ではそのイメージもすっかり定着しているが、昔からずっと、というわけではない。ある程度以上の年齢であれば、「かっぱ寿司」が不動の業界トップだった時代を記憶している人も多いだろう。業界3番手にいたスシローが、経営改革を経て、業界首位の座に躍り出たのは2011年のことだった。

当時のスシロー改革の中核を担った人物は、2021年春から、神奈川・湘南エリアに6店舗を展開する老舗弁当店「ちがさき濱田屋」(本店=茅ヶ崎市)のブランドリニューアルに取り組んできた。

その人物の名は加藤智治氏。元・あきんどスシロー取締役COO(最高執行責任者)だ。2007年、スシローに出資したPEファンド、ユニゾン・キャピタルからの出向という形でスシローの経営に参画し、翌年末にスシローへ転籍。当時の社長・豊崎賢一氏とのコンビで、回転寿司業界で売上日本一、顧客満足度日本一に導いた。

スシローを離れた後にリニューアルに取り組んだ「ちがさき濱田屋」では、新商品「しらすわっぱ」と「しらす幕の内」を開発。2021年6~8月の店舗売上は前年対比約9%増と、成果は順調だ。しかし、スシローという大規模チェーンの“回転寿司業界No.1”をリードした人物が、なぜ老舗弁当店のリニューアルに挑み、何を目指すのか。話を聞いた。
まん福HD加藤社長

まん福HD加藤社長


加藤氏はスシローの改革当時、コスト削減や管理体制の強化、出店先選定の精度向上などの数値的な改善とともに、“うまい”という価値のブラッシュアップに注力した。「食ビジネスの根幹はうまいかどうかだ」と加藤氏は言う。

スシローのルーツは大阪・阿倍野の寿司店「鯛すし」。大手の回転寿司チェーンの中で、寿司店をルーツとするのはスシローだけだ。当時の回転寿司業界において、スシローの強みは“最もうまい”ということだった。食材の原価率は、業界で最も高い約50%。そこには「お客様に半分返す」という創業者の思いがあった。加藤氏は「玉子焼きひとつにしても何十回も試作を繰り返し、職人が手作りする『鯛すし』の玉子焼きに近いものを出していた」と振り返る。

 
店全体で“うまい”を表現するプロジェクト「スシロー2.0」を始動し、メニュー表や店頭ポスター、店内外の装飾やスタッフのユニフォーム、看板のロゴまで刷新。企業理念「うまいすしを、腹一杯。」を新たに掲げ、社内外に発信した。
 
「“うまいのに安い”、“安いのにうまい”などとも言うことはできるが、安いことを肯定的に表現したのが“腹一杯”。このフレーズができて、組織に『背骨』が通った。スシローに合った企業理念が浸透し、社員にプライドが生まれた」。

 

ほどなくスシローは売り上げ日本一を達成。その後の「スシロー3.0」プロジェクトで従来の“100円均一”からも脱却した。100円以上の高付加価値商品が「もう少し払ってもおいしいものを食べたい」という層に支持され、客単価・粗利率を上げながら顧客満足度も向上。スシロー同様に100円均一だった競合他社も追随し、現在の回転寿司業界のスタンダードにつながっている。
 
スシロー改革の成功後、加藤氏は大型スポーツ専門店を展開するゼビオの社長を経て、2021年4月にベンチャー企業「まん福ホールディングス」を起ち上げた。コロナ禍や後継者不足に苦しむ食ビジネスの中小事業者を事業承継し、歴史あるブランドを守り拡大させる“売らないファンド”だという。事業承継した第1号案件が、湘南エリアの弁当店「ちがさき濱田屋」だ。
 
「ちがさき濱田屋」は茅ケ崎の乾物屋をルーツとし、個人向けの弁当・惣菜と企業向けの仕出し弁当の製造販売を展開してきた。まん福HDが事業承継した時点では、茅ヶ崎のほか鎌倉・藤沢・平塚に計6店舗を展開。
 
コロナ禍の発生以降は、観光客や法人向け需要減少の影響も受けた。後継者不在の状況もあり、知人による紹介を経て、加藤氏が率いるまん福HDが事業承継。経営は交代したが、社員や事業所、「ちがさき濱田屋」の店名はそのまま残し、ブランドリニューアルを実施した。
 
リニューアルに際し、加藤氏はスシロー改革時と同様、“うまい”という軸にこだわった。新規顧客の開拓を図るためのキラーコンテンツとして、湘南の名物“しらす”をど真ん中においた新商品「しらすわっぱ」の開発に着手した。

しらすわっぱ「ちがさき濱田屋」

「しらすわっぱ」ちがさき濱田屋

他店のしらす弁当を調査したところ、ご飯の上にのったしらすは40g程度。対して、「ちがさき濱田屋」の新メニュー「しらすわっぱ」のしらす量は88g。しらす専用の「あごだしポン酢ダレ」をかけ、すだちやネギ・大葉などの薬味を添えたシンプルな構成だ。メニュー開発では、「とにかく、しらすをおいしく、わしゃわしゃ食べていただこうと考えた」と加藤氏は言う。

まん福HD加藤社長

まん福HD加藤社長

事業承継前から「ちがさき濱田屋」に勤める社員たちとも協力し、2週間で試作。3週目にはテスト販売を開始。「しらすわっぱ」は同時発売の「しらす幕の内」とともに、4月末の発売時から売上ランキングでは継続的に上位ランクインを誇り、「ちがさき濱田屋」の新定番となった。
 
新メニュー開発の一方、コスト改善にも取り組んだ。社員を残すことを大前提としているため、リストラはしない。弁当に使う米や肉などの購買価格をひとつひとつ見直し、原価率をダウン。セントラルキッチンでは、弁当を包むのにかかる時間の測定、レーンの配置や食材置き場の場所の適正化などを行い、生産性を向上した。
 
7月には「本厚木ミロード店」、9月には「MARK IS みなとみらい店」をオープンし、「ちがさき濱田屋」の店舗数は合計8店舗となった。承継初年度(2021年8月決算)はコロナ禍の影響も続く中、前年度と比べ経常利益幅2,500万円を改善したという。「MARK IS みなとみらい店」の9月実績では、売上トップ10のうち6品を新メニューが占めている。

ちがさき濱田屋 MARK IS みなとみらい店

「ちがさき濱田屋 MARK IS みなとみらい店」

加藤氏とまん福HDの挑戦は、「ちがさき濱田屋」だけにはとどまらない。9月末には第2号案件として、熊本・阿蘇の食肉加工会社「さくらや食産」を事業承継。10月25日には、第3号案件となる静岡・焼津の水産加工会社「山佐食品」の承継も成立し、まん福グループに加わった。 「今後、弁当店や飲食店を承継させて頂いたときに、仕入れ効率化を図れるし、卸先の拡大というシナジー(相互作用)が発生する」。
 
まん福HDでは、“最も信頼される事業承継プラットフォームになる”というビジョンを掲げる。「後継者がいないということで、外部の事業承継を選択することは、オーナー様からしたら苦渋の決断だと思う。そういうときに、真っ先に相談を受けられるような存在になりたい」。
 
承継した会社の新しい経営者は、現在はまん福HDの中から派遣しているが、将来的には外部からの招聘も行う。食に関わる大企業の中堅社員などで、「経営者をやってみたい」という人などを想定しているという。「グループ会社が増えるごとに経営者も増えていき、経営者集団になっていく。そこで経営者同士が切磋琢磨して、経営について学び合う集団になることで、もっと輪が広がっていき、それが日本経済において新たな潮流を作り出す」。


日本国内における中小企業は企業の99.7%、全雇用者数の70%、経済的付加価値の55%を占める。中でも食品産業は、製造・卸売・小売・外食いずれにおいても中小零細企業比率が98~99%。また、2025年における日本の中小企業経営者は、約64%が70歳以上になると予測され、そのうち52%、つまり日本企業の3分の1は後継者未定の状況になるとの試算もあるという。
 
「僕らのビジネスモデル“業界を特化した投資×経営者×オペレーション”が、これからの事業承継の新しいモデルと認識され、それが食以外の産業にもどんどん飛び火していくと、日本の社会課題としての“中小企業の後継者不足”が解決されていくんじゃないかなと」。
 
加藤社長と“売らないファンド”まん福HDは、中小企業の後継者不足解決という大きな目標に向かい、ビジネスを加速させていく。

まん福HD加藤社長

まん福HD加藤社長

〈まん福ホールディングス・加藤智治社長プロフィール〉
1974年 熊本県生まれ。東京大学・東京大学大学院卒業。大学院卒業後、ドイツ銀行グループにてグローバル金融市場を体感し、マッキンゼー&カンパニーで経営コンサルティングを学ぶ。当時の最短3年9か月でマネージャーに昇進。
 
2004年フィールズの社長室長に就任、スポーツ・エンターテイメント関連の子会社2社の取締役も兼務。07年株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画、専務、取締役COOを歴任。回転寿司売上日本一、顧客満足度日本一に貢献。
 
15年ゼビオ株式会社の代表取締役社長に就任、全国展開の「スーパースポーツゼビオ」事業を経営。21年4月まん福ホールディングス株式会社を設立、社長に就任。
 
17年から食べログ等を運営する株式会社カカクコムの社外取締役も務めている。
 
◆「まん福ホールディングス」公式サイト
◆「ちがさき濱田屋」公式サイト
◆「さくらや食産」公式サイト
◆「山佐食品」公式サイト