「農政の語り部」高木勇樹氏インタビュー〈3〉基本法制定20年でも未登頂、にもかかわらず「ベタ凪」状態

高木勇樹氏
――ということは、食料・農業・農村基本法の制定から20年を機に、改めて根本的に洗い直すべきだと?

そう思います。20年を機に、というか、20年かけても頂上に辿り着いていないのですから、基本法が示した頂上を実現していくには、今の制度システムのままで対応できるとは、とても考えられません。であれば根本的な洗い直しが必要になるのは、むしろ当然と言えるでしょう。

様々なことを検証すれば、今の制度システムのなかに、いかに矛盾を抱えステイクホルダーでがんじがらめになっている部分があるか、これを解きほぐすのは大変ですが、課題を抽出し、これをやらなければこうなっていきますよ、といったことは言えるはずなので、すぐ取り組めるかどうかはともかく、そうした検証結果を積み上げる、もしくは基本計画のなかで謳うほうがいいかもしれません。

――ここ数年は、官邸主導だとか官邸農政だとか言われていましたが。

いや、もちろん最後は官邸が判断するという意味だとすれば、「官邸主導」「政治主導」は当たり前のことです。ただし、官邸へ提供するものは、一番情報を持っている行政が、官僚がきちんと分析して出す。それは、官邸が拒否するはずがないでしょう。最終局面で官邸側が政治的に無理だとか改めたりだとかする場面はあるかもしれませんが、それは別の話。農業に限りませんが、この国の政策決定プロセスは基本的に官僚が基礎を固めて官邸主導で来ていることに変わりありません。

――だとしても、その官邸主導、昨年あたりから弱まっているというか停滞しているイメージがあるのですが。

そうですね。それは官邸側も官僚側も「終わった」という判断なのでしょう。一応はね。農地も米も農協も全て。農協問題について言えば、先般5年間の締め括りとして「評価する」と表明してしまいました。その上で、先日の内閣改造で農林水産省の大臣、副大臣、政務官の顔ぶれを見れば、今が何も考えなくていい「ベタ凪」状態なのだということが分かります。だから楽しいことを考えましょう。それでスマート農業や輸出に向かうわけです。いや、決して悪いことではないのですが、例えばスマート農業に本当に手をつけるなら、それが経営のなかでどう活かされるのかを徹底的に検証すべきですね。○○という技術が出来たから補助金つけるので使ってみて下さいよは、順序が逆です。

スマート農業なんて、すでに取り組んでおられる方々は沢山いますよね。その「点」的なスマート農業を「線」あるいは「面」的に広げていくのは結構なんですが、それ自体が目的になってしまっている。そうではなく、先進的に取り組んでおられる方々に訊けば、設備投資ひとつ取り上げても「今は補助金があるから何とかなるけど、将来を考えるとコスト的に厳しい」という課題は簡単に見えて来るはず。個々の農業経営の実態を把握した上で、ここのところのコストを下げるためにスマート農業、というのが普通の順序でしょう。何でもそうですが、まず「需要」を把握した上でないと、助成体系なんて組めるはずがないんです。農地バンクも同じですね。需要者側のニーズを把握した上で、供給者側に伝え、まとめていく。もちろん需要者側は勝手なことを言うかもしれませんが、しかし、それらを供給者側に伝え、まとめられるかどうかが決め手だと思うんですが。

先ほど申し上げたように、いくら「官邸主導」といっても、それは最終判断を官邸が下すという意味であって、ゼロから官邸が発信するわけではありません。ということは、こういう「ベタ凪」のときこそ、官僚側が官邸にぶつけて議論すべきなんです。政治の側が「今そんなこと出来ないよ」となるかもしれませんが、だからといって何もしないのでは、それこそ「行政の無責任・不作為」になってしまいます。

20年を機に、ではなく、頂上に辿り着けていない20年間を検証すれば、自ずと課題も登頂ルートも見えて来るはずです。

――そのためには、基本法に基づく基本計画ではなく、基本法そのものを改めるべきですか。

いや、そんな必要はありません。最初からお話してきたように、現在の食料・農業・農村基本法が出来るまでには、旧・農業基本法に代わってということ以上に、「新政策」(新しい食料・農業・農村政策の方向)をはじめ様々な遠因、底流があるわけです。そうしたことを全て読み込めば、改正なんかする必要ないことが分かるはず。頂上だけ示して登頂ルートを示せていないわけですから、まず登頂ルートを築いて登ってみないことには、その頂上が正しいかどうか分かるわけがないじゃないですか。ただし、一言で言うと「創造的破壊」は必要です。様々な制度システムで「創造的破壊」をやってみて、結果として「ああ、基本法のここの部分は改めなければいけないよね」となるのだったら分かりますが、最初に改正ありきは手順が全く逆です。

この「創造的破壊」という部分、そもそも最初に基本法が出来たとき、私は「創造的破壊」を狙っていたと思うんです。そんなことは全く書いてありませんが、少なくとも「創造的破壊」ができる法律にはなっているんです。別に基本法を改めなくても、ちゃんと食料・農業・農村に関する施策を「総合的に策定する」って書いてあるじゃないですか。しかし、ここまで20年間、バラバラに策定してきてしまった。これこそ今まで「創造的破壊」がなされてこなかった、逆の意味での証左でしょう。

いずれにせよ、この20年で出来なかったことを、描き直す作業になるわけですから、相当なスピード感をもって事にあたる必要があろうかと思いますよ。その場合も、「食料・農業・農村に関する施策を総合的に策定する」基本をズラす必要はないと思います。

あまり抽象的なことばかりを申し上げていても何なので、「総合的な施策の策定」とはどういうことかを、米政策を例にとりあげます。「農業」側からすると、今の米価が高止まりしている状況は、農家は収入が上がるから結構だ、で終わってしまいます。しかし、「食料」の観点からはどうか。「食料」供給は、別に一般消費者直接だけでなく、量販店経由、中食・外食経由もあるでしょう。それらの方々にとって「食料」の観点で見たら、今の「米価高止まり」状況は制度に「矛盾している」ことになります。何故なら食糧法が「米穀の需給及び価格の安定に関する法律」ですから。明らかに矛盾しているわけです。まさか「高止まり」を「安定」と強弁する人はいないでしょう。結果、需要量がどんどん落ちるという「現象」として跳ね返ってきています。何よりも、この需要量が減っていくことに危機感を持つべきです。

ちょっと古い話ですが、今のミニマム・アクセス米の年間76.7万tというボリュームは、国内消費量の7.2%(本紙「米麦日報」註=本来なら8%まで拡大するはずだったが、その直前1999年に国境措置を関税に切り替えたため以降は固定化された)ということになっていますが、その分母となっている国内消費量は1986年(昭和61年)から3年間の平均数値が採用されてしまっています(1,065万t)。今の需要量は800万tを遙かに割り込んでいますから、MAの比率は1割を超えていることになります。つまりMAの数量は途中で固定されたのに、割合が30年で3ポイント以上も上昇した、言い換えればそれだけ需要が減ったということです。7%で大騒ぎしていた方々は今の1割強の状況をどう見ておられるのでしょうか。

もっと言うと、将来需要量で「300万t」を指摘する方すらいますから、そうなればMA比率は4分の1超に達してしまいます。おかしくないですか。個別の消費拡大運動も重要ですが、そうしたことに限界があるのはここまで見て来た通りです。それより、基になっている制度システムが現実に合致していないから、「総合的な施策」でないからこうなっているのであって、そこを改める、「創造的に破壊する」のが先決ではないでしょうか。

農地制度も同様です。農地バンクがうまくいっていないなら、検証すればいい。相互に関連しているから「総合的な施策」なのですから、相互に検証すればいいのです。それが出来ていないから「創造的に破壊」しないといけない。先ほど申し上げたように、基本法に書いてあることを素直に実現しようと思えば、そうならざるを得ないのです。「経営」の話も同じです。小規模や家族経営が良いとか悪いとかいうことを言っているのではありません。

基本法にあるように「効率的安定的」であること、私は最近「持続的経営体」と言っていますが、そうしたことを形づくるための制度システムを求めているのであって、組織形態を問うているわけではありません。別に集落営農だって構いませんし、やれるなら農協自身でもいい。株式会社であるか否かも無関係です。そうではなく「持続的経営体」が大宗を占める状況を作り出すためには、どんな制度システム、登頂ルートが必要かということです。それを見いだすには、これまた恐らく「創造的破壊」が必要になってくるでしょうね。

【プロフィール】
たかぎ・ゆうき 1943年(昭和18年)群馬県生まれ。東大法卒、1966年(昭和41年)農林省入省。畜産局長、大臣官房長、食糧庁長官などを経て1998年(平成10年)農林水産事務次官。退官後、農林中金総合研究所理事長、農林漁業金融公庫(当時)総裁など。ライフワークのJ-PAO(日本プロ農業総合支援機構)理事長、JBAC(日本ブランド農業事業協同組合)顧問、やまと凛々アグリネット顧問などを務めている。76歳。

〈米麦日報 2019年10月29日付〉