フィンランド発の「オープンダイアローグ」をご存知だろうか。精神医療の現場で採用されている治療法で、対話を重ねることによって問題自体を解消するアプローチのこと。日常の様々な場面でも生かせると、世界中から注目されている。
 
「ひきこもり」研究で有名な精神科医・批評家の斎藤環氏は、この手法に魅了された一人。あるインタビューで、わかりやすく語っていた。
 
「モノローグ(独り言)ではなくダイアローグ(対話)なところがポイント。世間一般で対話と思われているものも、実は対話じゃないことがほとんど。議論や説得、説明は対話ではなく、モノローグとも言うべきもの。相手にわからせよう、伝えよう、意見を変えてやろうという意図のやりとりは、全て対話ではない」
 
このインタビューの続きや、「対話のことば」(井庭崇著、長井雅史著)という本を読み、対話の心得の一端が見えてきた。
 
対話とは主観と主観の交換であり、「正しさ」を追求するものではない。先入観を交えず、相手の話に対する自分の意見や判断は保留にし、批判や否定などを態度にも出さない。相手が語るがままに「受け止める」。それが対話の第一歩と言える。
 
人が集うところに対話あり。誰もが自由に声を出し、対話のあとに朗らかな気持ちで前に進める。そういう対話の場をつくるには、人としての成熟度が求められる。立場や性格などから「声(影響力)」が大きい人ほど。自戒を込めてます。
 
〈食品産業新聞 2020年3月2日号〉