和食文化国民会議はこのほど都内で開いた調査・研究部会で、正月行事と食、五節供の地域性をテーマにした講演会を行った。日本家政学会食文化研究会の宇都宮由佳氏による「和食の保護・継承に関する正月行事及び食の実態調査」では、正月行事と食にフォーカスを当て、現状を把握するため、17年正月に関するアンケート調査を実施した。16年の年末正月に向けてどんな準備をしていたのか、17年正月1日からの3日間の正月の行事、食の実態について世代別、世帯別、地域別に渡って調査した。

正月に向けた準備で最も多かったのは、大掃除、年越しそば、年賀状、お雑煮、おせちだったが、年齢層が高いほど、正月のための準備をする率が高かった。同じく年齢層が高いほど、おとそ、雑煮、おせちを喫食している。こうした実態は35歳以上、50歳以上といった世代で突出しているが、逆に34歳から下の世代は低く、正月料理をあまり食べていないことが分かったとした。

おせち料理には、ハレの日であるという特別感があるもの、まだ郷土の味や伝統料理の継承がなされている。伊達巻、かまぼこは世代差なく良く食べられている。数の子、昆布巻き、エビの料理、いずれも50歳以上で年齢が上がるほど良く食べられているとした。

〈七夕にはスイカ・素麺、重陽の節供には菊酒・栗飯を食べる習慣を説明〉
調査・研究部会幹事の清絢氏による「五節供の食べ物の地域性」では、七夕と重陽の節供について説明した。
調査・研究部会幹事 清絢氏

調査・研究部会幹事 清絢氏

七夕は古くは貴族の行事だったが、江戸時代には庶民に広がり、現在よりも熱心に七夕の行事が行われていたとした。江戸や大坂における七夕では西瓜、素麺を食べる習慣があった。七夕に素麺を食べるのは、心の病にかからないという中国の伝説によるという。中国古代の身分の高い人の息子が七夕に亡くなってしまい、その霊が悪霊となって人々に病をもたらしており、その子供の好物がサクベイ(素麺の原型)だったので、サクベイをお供えして病が広がらないよう祈願した。

9月9日の重陽の節供は、日本では宮中の節供として平安時代に取り入れられた。菊をめでたり、菊酒を飲んだりしていたが、あまり民間には広がらなかった。それが江戸時代に五節供に制定されたことで、幕府の正式な行事となった。重陽の節供には菊と栗をお供えし、菊酒や栗飯を食べていたと紹介した。中でも、大阪では松茸と栗などが食されたという。

〈大豆油糧日報 2018年8月6日付より〉