大塚食品、「失敗レシピ」もAIの資産に 「おいしさLENS」で熟練の味づくり継承

テクスチャーアナライザーを使い、ボンカレーのじゃがいもの食感を測定する鈴木研究員
テクスチャーアナライザーを使い、ボンカレーのじゃがいもの食感を測定する鈴木研究員

大塚食品は、「ボンカレー」などの味づくりを長年担ってきた熟練研究員の知見を次世代へ残すため、製品開発支援AIシステム「おいしさLENS」を構築した。これまで同社の製品開発で価値があると考えられてきたのは、商品化に成功した最終レシピだった。しかし、AIの活用により、そこへ至るまでの多数の試作や、商品にならなかったレシピも、次の開発に生かせる学習資産となる。先人が積み重ねた経験や判断を途切れさせず、次世代の研究員へつなぐことが狙いだ。

製品開発支援AI「おいしさLENS」のイメージ。大塚食品は、ボンカレーなどの味づくりで蓄積した試作データをAIに学習させ、開発に生かす
製品開発支援AI「おいしさLENS」のイメージ。大塚食品は、ボンカレーなどの味づくりで蓄積した試作データをAIに学習させ、開発に生かす

同社は6月16日、滋賀県大津市の琵琶湖研究所で、「おいしさLENS」を活用した研究開発DXについて説明した。

システムの構築を中心となって進めた同研究所の石川泰平主任研究員が、開発の背景や「ボンカレー」での検証結果を説明した。背景には、味づくりを担ってきた熟練研究員の世代交代があり、知見を形として残す必要性を強く意識する節目になった。

また、熟練研究員たちは感覚的に学んできた部分があり、そのノウハウを細かく伝えることが難しく、熟練者が在籍している間に今回の取り組みを始められたことには大きな意味があった。

「おいしさLENS」は、文章や画像を作る生成AIではない。レシピや試作品の評価などの数値データを学習し、味に影響する重要原料のランキング化や、新たなレシピ候補の予測を行う。大塚ホールディングスのグループIT部門と連携して内製し、AIやプログラミングの専門知識がない研究員でも使える設計とした。

ただ、既存の試作品評価は、そのままではAIの学習データに使えなかった。同じ試作品を食べても、「味が強い」と感じる研究員と「弱い」と感じる研究員がいたためだ。「カレー感」という言葉一つでも、煮込み感を含むルウ全体の印象と考える人がいる一方、カレー粉や複合香辛料の印象と捉える人もいた。

「ボンカレーゴールド」のおいしさを表す218の表現を、AIが学習できる16の評価属性に整理した
「ボンカレーゴールド」のおいしさを表す218の表現を、AIが学習できる16の評価属性に整理した

そこで、「ボンカレーゴールド」のおいしさを表す言葉を抽出したところ、しょうゆっぽさ、ローストしたたまねぎの味、スパイス感、乳製品のコクなど、218の表現が集まった。

約半年にわたる研究員へのインタビューや議論、1000食以上の評価基準サンプルの試作を経て、甘味、酸味、塩味、うま味、ルウの風味、カレー粉感など、全員が共通の認識で評価できる16属性に整理した。

各属性には、強度が1点、3点、5点に相当する比較基準サンプルを設けた。研究員が基準を味わってから評価することで、当初は大きくばらついていた結果を、AIが学習できるデータに変えた。

その後、102パターンのレシピを試作し、統一した基準で官能評価を実施した。レシピと評価をデータとして「おいしさLENS」に学習させた。

「ボンカレーらしさ」に影響する原材料をランキングで可視化したイメージ図。原材料名はコード化して表示している
「ボンカレーらしさ」に影響する原材料をランキングで可視化したイメージ図。原材料名はコード化して表示している

AIの分析結果が、研究員の考えていたレシピの方向性と一致し、開発への自信につながった例もあった。一方で、従来とは異なる原料の組み合わせも示した。具体的な原料は明らかにしていないが、熟練研究員からも「こういう組み合わせもあるのか」と、新たな気づきが得られたという。

AIの活用は、新たなレシピ候補を示すだけでなく、これまで十分に活用されてこなかった試作レシピの価値も変えた。

従来、同社の製品開発で最も価値があると考えられてきたのは、商品化に成功した最終レシピだった。そこへ至るまでに作られた何十、何百もの試作は、商品にならなければ十分に活用されず、研究員個人のノートなどに残されていた。

しかし、AIは一つの成功レシピだけでは予測できない。評価が高かった試作だけでなく、狙った味に届かなかった試作や、商品化に至らなかった配合も、原料と風味の関係を学ぶ重要なデータになる。同社は、これまで埋もれていた試作レシピを、次の商品開発に生かせるデータとして蓄積していく。

AI活用を支えるため、研究所に保管されていた過去約40年分、数十万ページの開発資料も棚卸しし、AI-OCRで電子化した。紙のファイルは1000冊以上に上り、若手研究員には、必要な資料がどこにあるか分からない状態だったという。

研究所で「おいしさLENS」を活用する石川主任研究員
研究所で「おいしさLENS」を活用する石川主任研究員

電子化により、商品の開発意図や過去の試作を検索できるようにした。完成したレシピだけでなく、そこに至るまでの試行錯誤や判断の経緯も、次世代の研究員がたどれるようにする。

蓄積したデータは、原料高騰や気候変動、地政学リスクで安定調達が難しくなった際の配合検討にも活用する。AIが学習済みの原料であれば代替候補を予測でき、未知の原料は研究員が試作・評価してデータを追加する。おいしさやブランド価値と価格の両立につなげる考えだ。

発表会では、食品の硬さや食感を数値化する測定機器を使った分析も紹介した。同研究所分析室の鈴木真美氏は、「ボンカレー」のじゃがいもの食感を分析した結果を説明した。

徳島工場で生産する「ボンカレーゴールド」「ボンカレーネオ」などの一部商品では、じゃがいもを冷凍せずに使っている。冷凍品と比較したところ、冷凍していないじゃがいもは約3倍の歯ごたえがあり、約1.5倍崩れにくかった。家庭で作ったカレーのじゃがいもとは、一口目の歯ごたえが同程度で、より崩れにくいことも確認した。

現在、「おいしさLENS」は実際の開発業務で活用を始めている。開発期間や試作回数についても、一律にどの程度減らせるかは示していないが、試作の効率化だけでなく、研究員が思いつかなかった候補を示し、開発の質を高める役割も重視する。

石川氏は、AIと研究員の判断が異なった場合について「最後は人が決めるべきだと考えている」と説明した。AIが扱えるのは、過去に学習したデータの範囲に限られるためだ。

同社は、熟練研究員の下で若手が手を動かし、味づくりを学ぶ従来の体制も続ける。琵琶湖研究所の幹部は、「AIで設計図を作ることはできるが、実際に手を動かすのも、食べて判断するのも研究員だ」と説明する。

「おいしさLENS」とセンシング機器を活用した研究開発DXについて説明した鈴木研究員(左)と石川主任研究員
「おいしさLENS」とセンシング機器を活用した研究開発DXについて説明した鈴木研究員(左)と石川主任研究員

AIが職人に代わって味を決めるわけではない。先人が積み重ねた成功例だけでなく、商品化に至らなかった試行錯誤も残し、次世代の研究員による新たな味づくりにつなげる。

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昭和26年(1951年)3月1日
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