中国 20年連続食糧増産するも輸入増、その背景には「生産力の確保+適度な輸入」の推進/森路未央(寄稿)

中国 20年連続食糧増産するも輸入増、その背景には「生産力の確保+適度な輸入」の推進(画像はイメージ)
中国 20年連続食糧増産するも輸入増、その背景には「生産力の確保+適度な輸入」の推進(画像はイメージ)

黒海ルートでの穀物輸出の制限、紅海危機、気候変動による減産リスクの高まりなどを背景に、世界的な食糧供給問題が再発している。こうした状況下、中国は高い水準で食糧輸入を続けている。2023年の中国における食糧輸入量は1億6000万t、2021年に次ぐ高水準となり、世界の穀物輸入の約4分の1を占めている。他方、国内生産量は2015年、習近平国家主席が政府目標に掲げた「食糧生産量6億5000万t以上、食用食糧の絶対的自給の死守」を9年連続で達成した。その結果、世界の食糧在庫の約5割を中国が占める状況となっている。なぜ中国は大量輸入を続けるのか。本稿では、近年の中国における食糧生産と輸入に関する政策やデータを整理し、大量輸入に至る中国の国情や論理を考察する。

〈国内生産は9年連続で6億5000万t達成〉

中国は世界の総人口の約20%、耕地面積の約7%、食糧(コメ、小麦、トウモロコシ、大麦など穀類、大豆など豆類、イモ類で構成)生産量の22%を占め、世界の食糧需給バランスに与える影響が大きい。

2024年1月19日の中国・農業農村部の発表によると、2023年の食糧生産量は前年比1.3%増の6億9541万tとなり、20年連続で増産を達成した=表1。品目別では、コメが2年連続前年比減の2億661万t、小麦が0.8%減の1億3659万tだった。他方、トウモロコシは4.2%増の2億8884万tで史上最高を記録、大豆は2年連続増の2084万tだった。食糧作付面積は0.5%増の17億8500万ムー(ムー:中国で使われている面積の単位、1ヘクタールが15ムー)で4年連続の増加、1ムー当たり単収は2.9kg増の389.7kgだった。

この実績について中国共産党中央と政府は、穀物生産を非常に重視し、各地で耕地の保護と食糧生産の責任を厳格に実施し、食糧生産に対する支持力を強化した結果だと評価した。また、5月末に黄淮地域(黄河以南と淮河以北の間に位置する地域)で生じた長雨による生育障害、8月に華北・東北地域で生じた洪水、8~9月にかけて西北部で生じた干ばつなどがもたらされたものの史上最高の生産量を達成した、と評価した。

さらに中央政府は2023年に開始した5000万tの食糧生産能力向上行動も増産に貢献したと評価した。具体的には、コメと小麦の最低買付価格の継続的引き上げ、トウモロコシと大豆の生産者補助の強化、食糧生産大県の生産奨励金規模の拡大、3大穀物の生産コスト保険と作付収入保険の実施範囲拡大、食糧作付農民に対する一時的補助金として100億元規模の拠出など生産意欲を高める施策を挙げている。

〈飼料原料の輸入増〉

2023年の食糧輸入量は11.7%増の1億6000万tとなり、21年の高水準に戻った。このうち、大豆、トウモロコシ、小麦、大麦の4品目で約1億5000万tを占めた。

品目別では、コメが完全自給を達成し、近年は余剰なため、輸入量は57.5%減の263万tとなった。他方、自給率20%以下と大幅な不足が常態化する大豆は11.4%増の9941万tだった。政府は唯一の品目特定政策「国産大豆振興計画」を実施するも、内外価格差の拡大と国内産の販売難問題、トウモロコシとの作付競合、作付インセンティブの低下を理由に、今後も輸入依存の脱却が困難だろう。

〈トウモロコシ〉輸入量2000万tが常態化

23年のトウモロコシ輸入量は31.6%増の2714万tとなり、3年連続で2000万tを突破、21年の2835万tに迫る大量輸入となった。輸入相手国は21年に米国産が約7割を占めが、23年は初輸入となったブラジル産が約4割、米国産とウクライナ産が各2割を占めた。ブラジル産急増の要因は、〈1〉米国産輸入依存の回避、〈2〉ブラジル産トウモロコシの豊作、〈3〉脱米ドル政策に伴う人民元決済の実現、〈4〉中国の対ブラジル農業投資等農業協力の深化である。なお21年以降、中国がトウモロコシを大量輸入する経緯は、〈1〉国内の食肉需要拡大に伴う飼料用穀物需要の増加、〈2〉国内生産の収益劣位、〈3〉16年のトウモロコシ保護価格制度の廃止に伴う国内生産停滞、〈4〉20年頃までのアフリカ豚熱発生による飼料用穀物需要の縮小と克服後の需要回復、〈5〉ウクライナ産の安定輸入への懸念、〈6〉米国産の豊作と米中貿易摩擦の対応が関係している。

〈小麦〉デュラム小麦を初輸入

小麦の輸入量は近年増加が続き、23年に1191万tに達した。小麦の国際価格下落による輸入利益の拡大が要因だ。中国において、小麦はトウモロコシと比べて1t当たりの価格が150元高までに収まれば、飼料原料の代替品として利用価値が生じるといわれる。また、23年は少量だがデュラム小麦を初輸入した。11月に中糧国際がカナダ産デュラム小麦を福建省の厦門港で輸入し中糧海嘉(厦門)がパスタに加工する、と報じられている。これまで中国はパスタの完成品を輸入していたが、国内の高品質小麦ニーズの高まりを受けた今回の原料輸入により、中国の加工メーカーが国内でハイエンド製品を製造する段階にグレードアップしたといえよう。

〈大麦〉豪州からの輸入が回復

大麦の用途は、国産が酒類原料、輸入が飼料原料に分かれている。飼料原料需要の高まりを受け、輸入量は21年に1248万tに増加、22年に576万tに減少したが、23年は1133万tに急増した。23年の急増は豪州産大麦に対するアンチダンピング関税の撤廃による輸入回復、およびフランス、カナダ、アルゼンチン産の増加である。また、中国はロシアや中央アジア諸国からの食糧輸入を積極化し、西側サプライヤーからの調達に依存しすぎない方針である。輸入大麦は23年、ロシアとカザフスタン産(10月単月度)がそれぞれ12万8100t、11万9000tに増加した。

〈食料安全保障の強化〉

中国の食料安全保障戦略は、習近平政権誕生1年目の2013年に「食料自給率95%維持」から、輸入も柱とする新戦略に転換した。同年12月開催の中央経済工作会議において「食料安全保障戦略は国内に立脚し、生産力を確保し、適度に輸入し、科学技術を支えに実施する」との基本方針を発表した。さらに、同月開催の中央農村工作会議において「国内資源を重点作物の作付けに集中的に使用し、穀物の基本的自給と直接口にする穀物の絶対的自給を確保する」という主食穀物の自給を堅持する方針を発表した。

国内の「生産力の確保」がとりあげられた背景は、食糧作付農家の零細経営かつ低生産性の存在が挙げられる。近年は、大規模農家、農業企業、農業合作社など多様な経営体が出現し、生産性が高まりつつあるが、家族経営農家の生産性向上や大規模化は容易でない。補助金による収益確保等の施策を講じ、担い手と生産力の維持と強化に努めている。

また「適度に輸入」への転換の背景は、経済発展に伴う食料需要の変化、具体的には肉類消費の拡大に伴うトウモロコシや大豆など飼料用穀物の供給が、国内だけでは追い付かない判断が挙げられる。農家の低生産性、食糧の内外価格差の拡大、中国産食糧の劣等財化も挙げられる。こうした国内農業の構造問題に加えて、近年の米中貿易摩擦、ロシアのウクライナ侵攻、気候変動などが中国の食糧確保リスクの外部要因として出現し、「輸入の多角化」として、輸入相手国、サプライヤー、品目の多角化を図っている。サプライヤーに関しては穀物メジャーなど西側サプライヤーからの調達をリスクと捉えている一面もあり、中糧集団(COFCO)を穀物メジャーに育成する方針も見受けられる。輸入相手国は米国、カナダ、ブラジル、豪州など輸出大国に限られるが、ロシアや中央アジアからの輸入拡大を図っている。23年10月、中国はロシアとの間で、12年間で合計7000万tのロシア産食糧の買付を契約(ロシアEPT社と中国誠通集団)した。また「陸上食糧回廊」の協定に署名予定である。

〈技術集約による生産力確保〉

国内農業の生産力の確保の具体策として、耕地面積の質と量の向上と安定、単収の増加、農業科学技術の利用にかかる取り組みを紹介する。

まず、耕地面積の量的確保について、中国では新たに面積を増やす余地が限られており、現存の耕地の維持を重視している。非農業用地への転用を目的とした違法な接収、違法な耕地破壊が頻発しており、防止に向け政府が厳格に管理している。質の向上策は多様だが、例えばチェルノーゼム(「黒土地」、栽培に適した土地)の保護と管理の強化が挙げられる。政府は2020年に「国家黒土地保護工程実施方案(21~25年)」、23年に「東北地域の黒土の保護と利用プロジェクトを実施する業務を強化する2023年の通知」を発表した。同通知に従い、チェルノーゼムが広がる内モンゴル自治区、遼寧省、吉林省、黒龍江省の83県における国家チェルノーゼム保護プロジェクトの対象となる耕地面積1億ムーにおいて、チェルノーゼムの保護と利用の基準を設定した。そのうち、中央財政は400万ムー(内モンゴル自治区50万ムー、遼寧省50万ムー、吉林省110万ムー、黒龍江省190万ムー)を支持している。対象83県は耕作放棄地など最低2万ムーの土地集積を推進する。有機肥料の施肥などの措置を積み重ね、チェルノーゼムの上にさらに肥沃な耕作層を育て、プロジェクト地域の耕地の質を高めようとしている。

つぎに、単収増加に向けては、種子業界の振興、GMO食糧の商品化などを推進している。22年3月の「種子法」改正に次いで、6月の「遺伝子組み換え品種の承認に関する国家基準(試行)」でGMOトウモロコシと大豆の国家レベル品種承認基準を発表した。中国政府はGMOの研究開発や応用に慎重な姿勢をみせるものの、一部の領域では積極化している。23年には「農業遺伝子組み換え安全管理条例」「農作物種子生産経営許可管理弁法」などの関連規定に従って、北京聯創種業有限公司など85社に農作物種子生産経営許可証を発効、うち26社はGMOトウモロコシと大豆の種子生産経営許可証を取得した。また、内モンゴル自治区、吉林省、河北省、雲南省において小規模(約400万ムー)だが、試験作付を開始、商品化に向けた研究開発も加速している。

さいごに、農業科学技術の積極的導入により、農業を高付加価値化し、低生産性から脱却する取り組みを強化している。例えば、農業労働力の不足、農業労働コストの上昇への対応として、農業ロボットの導入、ドローンによる農薬散布などを加速している。日本でもお馴染みのDJI、極目(EAVISION)のドローン、博創連動のトラクターなどはすでにASEANや南米市場に進出している。AI農業はインターネット、ビッグデータ、クラウドコンピューディングの活用による生産リスクの回避、品質と安全性の向上が図られ、民間大手のアリババや屏多多などが参入している。また、耕地の質的向上とも関連するが、中国においても環境再生型農業の取り組みを開始している。化学肥料や農薬の施肥量を減少し、肥沃度の回復、生態環境の改善、輪作を推進している。バイオ農業は、作物の耐病性と収量の向上に向け、ゲノム編集、RNA農薬、バイオ除草剤の普及を推進している。植物分子農業の推進による農業の高付加価値化を図っている。育種業界のAI化については、华智生物、腾讯公司などが第四世代の育種「バイオテクノロジー+ビッグデータテクノロジー+AI+AI実装」に取り組んでいる。

〈食料安全保障法を施行〉

中国は24年6月1日に「食料安全保障法」を施行する。同法は耕地保護、食糧の生産、流通、加工、備蓄、緊急対応、ロスなど多岐にわたっている。前述の「国内生産力の強化」に関しては、種子備蓄制度や国家農業遺伝資源バンクの構築、耕地用途管理の強化、転用規制の強化、耕地保護保障制度の構築などが盛り込まれている。同法の施行をきっかけに、国内生産力をより強化し、長年の中国農業の課題である食糧作付農家の零細経営と低生産性が解決するのか、そして食糧輸入水準が低減していくのか、今後の動向が見逃せない。

〈森路未央:大東文化大学外国語学部准教授〉

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