農中総研・阮蔚氏「供給過剰の時代終焉、世界は国内増産へ」、食料分断リスク深刻も、ロシアの小麦・肥料依存から脱却できない世界

農林中金総合研究所 ルアン・ウエイ理事研究員
農林中金総合研究所 ルアン・ウエイ理事研究員

(株)農林中金総合研究所の阮蔚(ルアン・ウエイ)理事研究員は11月9日、ウェビナーで世界の食料・穀物をめぐる状況について講演した。農中総研主催の「食料安全保障」をテーマにした第3弾ウェビナーで、7月の第2回講演、9月に阮蔚氏が上梓した新書「世界食料危機」の内容から、ウクライナ情勢など最新の情報をアップデートしたものだ。要旨は以下の通り。

〈1〉ウクライナ情勢と食料分断リスク

ウクライナの穀物輸出再開後も食料危機が継続している。いまだシカゴ相場の高止まりが続くなか、ロシアは黒海穀物輸出協議に対して強い不満を示すようになった。「ウクライナが再開した穀物は、途上国向けではなく先進国向けに輸出されている」という言い分だが、これ自体は事実だろう。

トルコメディアによると、8月1日~10月20日、ウクライナは800万t程度の穀物を輸出したが、欧州向けが60%以上を占め、後発途上国向けの小麦輸出量は6%弱の約46万tに留まるという。EUは大干ばつによって特にとうもろこしの生産が悪影響を受け、飼料が不足している。アメリカ・ブラジル・アルゼンチンを除けば、とうもろこし輸出のトップがウクライナであるため、EUはウクライナのとうもろこしが必要になり、値段に糸目を付けなくなった。しかし、途上国はEUと競争できないのが現在の状況だ。いざという時には高いカネを出すところに穀物が流れていく、と今回のウクライナ危機で証明された。

もう一つ重要なことは、ロシア産小麦が国際市場に戻るのかどうかだ。穀物輸出協議に対し、「ロシアの輸出は未達だ」とプーチン政権が不満を抱いている。実際、7~8月のロシアの小麦輸出は前年比で2割以上減少した。また、輸出先は前年54か国→現在24か国であるため、ロシア国内の小麦価格が下落し、農家の収入減に繋がる。来年の生産に影響を及ぼすだろう。

なぜ輸出協議が合意したにも関わらずロシアの輸出が滞っているのか。表向きはロシアの小麦輸出に制裁をかけていないが、実質的には決済や貨物船保険契約が難しく、仮に契約に至る場合でも高額な保険料の問題が存在している。ロシアは10月29日に輸出合意の履行を停止すると発表し、11月2日に再開を表明した。

この間、シカゴ相場は上下それぞれ6%程度の乱高下を繰り返しており、こうしたリスクは当面続くだろう。輸出協議は11月19日に期限を迎えるが、それが更新できるかどうかが一つのポイントとなる。

実は、小麦以上にロシアの肥料輸出が停滞している。決済・保険の件では小麦以上に厳しい状況に置かれており、ロシアはそれを逆手にとって輸出制限措置を採っている状況だ。一方、友好国・同盟国に対しては供給体制を維持している。いずれにせよ輸出が難しい状況なので、肥料価格は穀物以上に高止まりし、多くの途上国は肥料の投入を減らさざるを得ない。例えば、西アフリカでは肥料投入量が6割程度減っており、来年は減収リスクを抱えることになる。

現在の新冷戦がもたらす食料分断リスクは深刻だ。USDAの予測によると、2022/23年度のウクライナの小麦生産量・輸出量は約4割減の一方、ロシアは生産量が2割以上増え、輸出量も3割程度増える見込みである。ロシアの輸出増加量は900万tであるため、ウクライナの減少分(780万t)を完全に穴埋めできる。さらにロシアの輸出見込み量4,200万tは世界の小麦輸出量の2割に相当する。

つまり、この4,200万tは世界にとって不可欠なのだ。しかし、その輸出をどう実現するかという課題が残る。世界にとってロシアの小麦・肥料は大きなリスクであると同時に、(不可欠であるが故に)“分断”できない状況にもなっている。しかし場合によっては、穀物・肥料に“鉄のカーテン”が降ろされ、ブロック化する可能性が残る。

〈2〉バイオ燃料と飼料、そしてドル高

2度の大戦や補助金農政によって1950年代から世界の穀物は過剰となり、その分はアフリカなどに輸出された。しかし、それでも全てを吸収することはできずに、穀物価格は2008年まで低迷したが、欧米はバイオ燃料という新たな需要を創出した。とうもろこしからバイオエタノール、植物油からバイオディーゼルが生み出されたのだ。世界のとうもろこしの16%がバイオ燃料として燃やされ、61%が飼料に仕向けられている。

世界最大のとうもろこし生産国・輸出国であり供給過剰国でもあるアメリカは、今や世界で最もとうもろこしをバイオ燃料に仕向けている(国内生産量の34%)。輸出は17%しかなく、その倍のとうもろこしがバイオ燃料になっているということだ。

1980年以降は特にアジアの途上国を中心に食肉需要が急伸し、その飼料(とうもろこし・大豆)を支えているのがアメリカのミシシッピ川流域とブラジルのアマゾン川流域だ。もはや世界では主食用よりも飼料用の穀物需要が伸びている。ちなみに、小麦も世界全体では1%程度がバイオ燃料となり、約2割は飼料になっている。つまり、小麦もとうもろこしもバイオ燃料と飼料という確実な需要が相場を形成したのだ。しかし、投機対象となったことで、価格変動幅が大きくなっている。

こうした食料危機のリスクによって最も影響を受けるのは中東、そしてアフリカといった途上国・新興国だ。ロシア・ウクライナの小麦への依存もさることながら、現在はドル高の問題も抱えている。FRBの度重なる利上げによってドルは2000年以来の最高値になっており、途上国・新興国の自国通貨は対ドルで急落し、外貨不足に陥った。IMFのレポートでは、アフリカ54か国のうち22か国は外貨不足によって実質的なデフォルト状態にある。

加えて、大半の国は小麦の米ドル建て国際価格以上に自国通貨建て国内価格が大きく上昇しているため、国内の貧困者が食料を買えず、飢餓が発生している。地政学リスクだけではなく、分断、ドル高、物流混乱などによって、現在は複合型の世界食料危機が発生しているといえる。

〈3〉異常気象がもたらす穀物の混乱

また、異常気象が世界の穀物に甚大な影響をもたらしている。今夏、北半球の大半の地域を大干ばつと大洪水が襲った。干ばつによってドイツのライン川とアメリカのミシシッピ川はバージ(艀)が渋滞し、一時通行止めになる事態だった。同時に、パキスタンやバングラデシュを大洪水が襲った一方、「アフリカの角」と呼ばれるエチオピア・ケニア・ソマリアは4期連続で雨期に降雨がほとんどない。

農業への影響が最も大きい異常気象は干ばつだ。いまエジプトで開かれているCOP27では、「The International Drought ResilienceAlliance」、日本語だと「国際干ばつ対策同盟」が設立された。参加国はアメリカ・中国・EUなど30か国以上だが、その中に日本の国旗は見つからなかった。日本は干ばつの直接的な影響がないからだろうが、やはり参加してもらいたい気持ちがある。なぜなら、この同盟の狙いは農業分野が干ばつにどう対応していくか、干ばつに強い品種開発や生産技術開発、農業分野の温室効果ガス削減技術の開発・普及だからだ。日本が果たせる役割は大きいだろう。

今年の干ばつはアメリカ・EU・中国・インドなど幅広い地域に及んだ。2022/23年度の世界の穀物生産は概ね減産で、コメが2%減、とうもろこしが4%減の見込み。小麦はやや増産基調も、もっぱらロシアの豊作によるものだ。温暖化によってロシア北部が生産適地になりつつある。そして中国の長江流域も大干ばつに見舞われたが、灌漑が効果を上げ、想定ほどの減産にはなっていない。これは中国が今年、農業分野のインフラ整備を強化する背景でもある。

コメに関しては、インドが熱波と干ばつの影響から4.8%の減産となり、9月にはいち早く輸出制限を決めた。しかし、単価の高いバスマティライスなどは外貨を稼ぐ重要な商品であるため、輸出制限の対象外となった。なぜ世界のコメ価格は高騰せず安定しているのか。小麦と異なりグローバルな貿易商品ではなく、飼料にもほとんど使われておらず、バイオ燃料にもなっていないからだ。これはコメの大きな特徴だ。

〈4〉世界は国内増産の時代へ

近年の米中貿易対立や現在のウクライナ危機といった食料分断リスクに加え、異常気象リスクが顕在化し、世界の情勢・環境は大きく変化して不安定化している。そこで世界は「食料安全保障強化の時代」を迎えた。これまで世界では供給過剰が続いていたが、余剰穀物は飼料・バイオ燃料に流れる。過剰の時代はもはや終わったということだ。

では次の時代は何か。マスコミ的表現だと「食料争奪の時代」であり、いざという時には高いカネを払ってくれるところに食料が流れるだろう。「買い負け」という言葉は好きではないが、主食の相当部分は国内生産で守るべきという時代が来ている。多くの人口を抱えるアフリカ・南アジア・中国も食料増産の必要性に迫られ、動き出しつつある。

実は、日本でも国内増産の動きが出ている。日本は自給するための農地が足りず、輸入食料はほぼアメリカに依存している。しかもアメリカからの輸入はミシシッピ川→パナマ運河ルートに依存しているが、干ばつで通行船舶の積載量を減らすなど潜在的なリスクを抱えている。さらにアメリカは余剰穀物をバイオ燃料向けに拡大しており、新たに登場した「持続可能な航空燃料(SAF)」も考えると、バイオ燃料需要は当分減らないだろう。つまり、穀物輸出圧力が減少していくということだ。

そこで日本が講ずべき対策は、コメ・小麦など食料備蓄体制の強化と化学肥料備蓄・有機肥料システム構築だ。さらに、とうもろこし・大豆・小麦の国内増産支援が必要で、所得補償を含めた政策的支援が必要だ。

〈5〉世界の増産能力が日本の食料安保に直結

最後に、世界の持続可能な食料増産への日本の貢献について。世界全体の食料増産能力は日本の食料安保にも直結する。そこで日本は世界の増産を支援すべきだが、個人的にはまずアフリカの増産支援を推したい。アフリカは品種改良の力が大変弱く、いずれの農産物でも地域に合った品種が必要だ。しかも近年のアフリカはコメを大きく増産しようとしており、日本の技術が貢献できる余地は大きいだろう。

また、アフリカではサプライチェーンの整備も大変遅れている。実はもう一つ大きな問題がある。いま、世界の穀物価格は高止まっているが、価格はいずれ必ず下がる。アフリカは小麦の関税がとても低いので、価格が下がった時に備え、関税面も含めてアフリカの国内生産を維持するための仕組み構築が必要だ。

地球規模の課題解決に向けて、日本は農業技術の輸出振興でも貢献できる。温室効果ガス削減技術を開発し、途上国まで拡げると同時に、国内では地域循環型の肥料供給体制を構築することで化学肥料の輸入を削減していくべきだ。開かれたグローバルな穀物市場の維持に日本が貢献できることを期待している。

〈米麦日報2022年11月14日付〉

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