ネスレ日本・深谷龍彦社長が退任 6年間で進めた「量」から「価値」への転換

ネスレ日本 深谷龍彦社長
ネスレ日本 深谷龍彦社長

ネスレ日本の代表取締役社長兼CEOを6年間務めた深谷龍彦氏が、6月30日付で退任する。2020年4月の就任直後には新型コロナウイルスの感染が拡大し、その後も物価上昇やデジタル・AIの浸透、気候変動など、食品企業を取り巻く環境は大きく変わった。深谷氏は、こうした変化の中で国内事業を立て直し、価格改定を含む収益構造の改善を進めながら、「量」の拡大を重視する経営から、付加価値で選ばれる経営への転換を図った。

深谷氏は退任にあたり、「後進にバトンを託すことにしました」とコメントした。7月1日付で、常務執行役員飲料事業本部長の島川基氏が代表取締役社長兼CEOに就任する。

深谷氏が社長に就任した2020年、ネスレ日本はインバウンド需要の急減に直面した。深谷氏によると、当時はインバウンドが売上の2割以上を占めていたが、コロナ禍でほぼゼロになった。外出自粛で家庭内のコーヒー需要が伸びる一方、ホテルやレストラン、オフィスなど家庭外の需要は落ち込み、「キットカット」も訪日客向けの土産需要が減少した。

弊社による社長就任時のインタビューで、深谷氏は社員の安全確保と事業継続を最優先に挙げた。その上で、「ネスカフェ」「スターバックス」「ネスプレッソ」の3ブランドを生かし、家庭内外でコーヒー事業を伸ばす考えを示した。組織運営ではトップダウンだけに頼らず、現場の意見を取り入れ、「議論しながらチームで動く」経営を目指す姿勢も打ち出した。

コロナ禍以降は、インバウンドに依存しない事業構造への転換を進め、国内の生活者との接点を強化した。深谷氏は2026年3月のインタビューで、国内需要が以前より強くなり、現在は国内とインバウンドの両方で事業を支える構造になったと振り返った。

物価上昇の中で消費の二極化も進んだ。深谷氏は、生活者が価値を認めない商品にはお金を払わなくなっていると分析した。原材料価格や物流費が上昇する中、価格改定を進めるとともに、高付加価値商品の拡充を図り、収益性を改善した。

2024年10月、「ネスカフェ」ブランドのコンセプトを9年ぶりに刷新
2024年10月、「ネスカフェ」ブランドのコンセプトを9年ぶりに刷新

コア事業のコーヒーでは、「ネスカフェ」を軸に、生活者のニーズや飲用場面の変化に対応した。2023年には、世界共通の新コンセプト「Make your world」を日本でも本格展開し、一杯のコーヒーを通じて人々の生活や地球に前向きな影響を与えるという考えを打ち出した。

新感覚のドリンク「ネスカフェ クーラー」
新感覚のドリンク「ネスカフェ クーラー」

「ネスカフェ ゴールドブレンド」などの定番ブランドを磨く一方、コーヒーのアイス飲用の高まりに着目し、アイス専用のソリュブルコーヒー、ボトルコーヒーや濃縮コーヒーをはじめとしたコールドコーヒーの提案を強化した。2026年には、フルーツとコーヒーを組み合わせた「ネスカフェ クーラー」を世界に先駆け日本で先行発売し、若年層やコーヒーを日常的に飲まない層との接点づくりを図った。

「スターバックス」ブランドにおいては、家庭用の商品展開を強化したほか、業務用では、新型コーヒーマシンも継続投入し、オフィスや宿泊施設、病院、大学など、家庭外でも「スターバックス」のコーヒーを楽しめる場を広げた。

2024年4月、「ネスカフェ 原宿」を刷新、サステナブルな取り組みを体験できるコンセプトストアに
2024年4月、「ネスカフェ 原宿」を刷新、サステナブルな取り組みを体験できるコンセプトストアに

直営店の「ネスカフェ 原宿」および「ネスカフェ 三宮」では、飲食店としてのメニュー提供商品だけでなく、ブランドやサステナビリティを体験できる場としての役割を強め、店舗での体験を通じ、生活者との接点を広げた。

2023年9月、「キットカット」を大幅刷新
2023年9月、「キットカット」を大幅刷新

コーヒー以外では、2023年に日本発売50周年を迎えた「キットカット」を大幅に刷新し、チョコレートのカカオ感やウエハースの食感を高めた。受験生応援に加え、部活動や他社ブランドとの協働も進め、ブランドが持つコミュニケーション価値を広げた。

こうした基幹ブランドの強化や高付加価値商品の拡充、ブランド体験の進化を通じ、同社はプレミアム領域を事業成長の柱として育成したと評価している。

デジタルとEコマースの改革も重点施策となった。深谷氏は就任時から、EC比率の拡大そのものを目的にせず、商品特性に応じてECと小売店を使い分ける必要があると説明していた。コーヒーマシン用カプセルなどECと相性の良い商品を伸ばす一方、店頭での商品との出会いや小売業との協働も重視した。

商品開発やマーケティングでは、データを活用し、消費者を起点とした意思決定を進めた。深谷氏は、デジタルは単にシステムを導入するだけでは不十分で、人が使いこなしてこそ価値が生まれると説明している。

社内でも、デジタルツールやAIを使った業務改革を進めた。健康経営や柔軟な働き方にも取り組み、社員の主体性や挑戦を引き出す企業文化の形成を図った。

また、サステナビリティを経営の中核課題と位置付け、環境に配慮したパッケージの開発や、物流に伴うCO2排出量の削減、コーヒーやカカオの持続可能な調達に取り組んだ。「ネスカフェ ボトルコーヒー」の一部輸送をトラックから鉄道へ切り替え、「ネスカフェ ゴールドブレンド エコ&システムパック」は専用容器以外にも詰め替えられる提案も行った。

2025年9月、「ネスカフェ 原宿」で「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」の取り組み状況を発表(写真中央は沖縄SVの髙原直泰代表、中央右が深谷社長)
2025年9月、「ネスカフェ 原宿」で「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」の取り組み状況を発表(写真中央は沖縄SVの髙原直泰代表、中央右が深谷社長)

深谷氏が主導し2019年春より開始した沖縄で国産コーヒーの生産拡大を目指す「沖縄コーヒープロジェクト」では、耕作放棄地の活用や農業の再生を支援し、観光との連携も視野に入れた地域産業づくりを進めた。深谷氏は、短期間の成果を求めず、20~30年先を見据えて続ける考えを示している。

深谷氏は就任時、目指す姿として「選ばれる会社」を掲げた。高品質の商品を適正な価格で届けるだけではなく、個人や家族、地域社会、地球にどのような価値を提供する企業なのかが問われるとの考えである。

その考えを、6年後には「日本で最も評価されるグローカルカンパニー」という言葉に発展させた。グローバル企業としての研究開発力や事業規模と、1913年から培ってきた日本市場への理解を組み合わせ、日本の生活者に合った価値を生み出すという考えである。

ネスレ日本は深谷氏について、イノベーションの加速と事業のプレミアム化を進め、持続的な成長を実現したと説明する。Eコマース事業の改革や、将来の成長を見据えた組織・事業基盤の強化にも取り組み、事業を新たな成長軌道へ導いたとしている。

一方、原材料価格や物流費の上昇、円安など、事業環境の厳しさは続く。付加価値化を生活者の支持と持続的な成長につなげることに加え、コールドコーヒーや濃縮コーヒーなど新たなカテゴリーの定着、デジタルやAIの活用による生産性向上も、次の経営体制に引き継がれる課題である。

島川新社長は、「ネスカフェ」や家庭用の「スターバックス」ブランドを中心とする飲料事業を担い、デジタルとEコマースの改革にも携わってきた。深谷体制で進めた「量」から「価値」への転換を、次の成長へどうつなげるのか。ネスレ日本は7月から新たな経営体制に入る。

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食品産業新聞

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創刊:
昭和26年(1951年)3月1日
発行:
昭和26年(1951年)3月1日
体裁:
ブランケット版 8~16ページ
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