ネスレ日本・島川社長、日本の社会課題を成長機会に 「課題先進国」から「可能性先進国」へ
ネスレ日本の島川基社長兼CEOは、人口減少や高齢化、労働力不足、気候変動など、日本が世界に先行して直面する課題を、新たな事業機会につなげる考えを示した。日本を「課題先進国」であると同時に「可能性先進国」と捉え、日本で培った商品やサービス、課題解決の知見を世界に広げることも視野に入れる。栄養・健康やコールドコーヒー、個別化などにも成長機会があるとみる一方、既存ブランドへの継続的な投資と、消費者の視点に立った市場開拓を重視する。
2026年7月1日に社長に就任した島川氏は、このほど神戸本社で応じた取材で、日本市場の将来や経営に対する考え方を語った。就任後の約90日間、役員や社員との対話を重ね、各事業の強みと課題を確認してきた。中長期の経営戦略は現在策定中だが、ネスレの研究開発力と日本市場で培った消費者理解を生かし、新たな成長機会を捉えていく考えだ。
〈スイス本社で実感した日本市場の可能性〉
島川氏は2020年から約2年間、スイス本社でアジア・オセアニア・アフリカ地域の中長期経営戦略などに携わった。その経験から、日本市場の役割について従来とは異なる見方をするようになったという。
人口規模や成長スピードでは中国やインドなどに及ばず、世界の新製品や技術のテスト市場として、日本が必ずしも優先される時代ではなくなった。一方、日本には高齢化や人口減少、単身世帯の増加など、世界が今後直面する課題にいち早く向き合ってきた蓄積がある。
日本を「課題先進国」と捉える一方、そうした課題の解決を通じて新たな価値を生み出す「可能性先進国」にもなり得ると考えている。日本で生まれた商品やサービスが、将来、同じ課題に直面する他国でも役立つ可能性があるからだ。
「日本は違う、特別だと言ってしまうと、そこで会話が終わってしまう」。島川氏は、日本独自の事情として説明するだけでは、海外への展開につながらないと指摘する。日本でなぜその商品やサービスが支持されたのか、背景にある生活習慣や消費者の課題まで理解し、他国にも応用できる価値として伝えることが重要だとする。
2035年に向けて確度の高い変化として挙げるのは、人口減少による需要の縮小と労働力不足だ。「胃袋が減るのは間違いない」とする一方、製造や物流を担う人材の不足は、それ以上に深刻な問題となる可能性があるとみる。消費数量の拡大だけに依存する成長には限界があり、付加価値を高めることや、より効率的な事業運営が重要になるとの認識だ。
こうした課題への対応を国内だけの取り組みで終わらせず、海外でも応用できる商品やサービスにつなげることが、日本市場の新たな役割になり得ると考えている。
〈グローバルの4事業を基盤に、日本の成長機会を探る〉

ネスレは世界戦略として、コーヒー、ペットケア、栄養、食品・菓子の4事業に重点を置いている。島川氏は、世界的な研究開発力と日本の消費者への深い理解を組み合わせられることが、ネスレ日本の強みになるとみる。
栄養・健康は、今後の成長機会の一つと捉えている。社長就任後、各事業を改めて確認する中で、特にヘルスサイエンス事業が積み重ねてきた技術や取り組みに驚いたという。
同事業は医療機関向けの流動食・栄養補給製品を中心に展開して、経管栄養から経口栄養へとラインアップしながら、日本の高齢化に伴う課題に対応してきた。主力ブランドの「アイソカル」は医療・介護現場で30年以上の実績を持ち、経管栄養製品に加え、少量で栄養を補える製品や、飲み込むことが難しい人に配慮した製品などを展開している。
島川氏は、高齢者ができるだけ長く自立した生活を送るためには、身体的な健康だけでなく、精神的な健康も重要になると指摘する。今後は医療・介護領域に加え、一般消費者向けの健康関連製品にも成長余地があるとみている。
こうした栄養・健康への取り組みは、特定の事業にとどまらない。子どもの頃から親しむ「ミロ」、日常生活に根付いた「ネスカフェ」、高齢期の栄養補給を支える「アイソカル」まで、ライフステージに応じた製品を展開している。ペットケアにも高齢化や健康維持という共通の課題があり、島川氏は「ライフステージごとに追いかけられるのは、すごく強みだと思う」と語る。
ネスレは「食と飲料の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」というパーパス(存在意義)を掲げている。島川氏も、食を通じた社会課題の解決は企業の使命であると同時に、成長の機会になると捉えている。
〈消費者の視点で市場を捉え直す〉
気候変動による暑い期間の長期化も、島川氏が今後の市場を考える上で注目する変化の一つだ。アイスコーヒー文化が根付く日本では、従来のボトルコーヒーに加え、濃縮コーヒーや冷たい水に溶けるレギュラーソリュブルコーヒーなど、飲用形態が多様化している。
飲料事業本部長時代には、コールドコーヒー関連の取り組みに携わった。その経験を通じて感じたのが、メーカーや流通業界が持つ固定観念を見直す必要性だった。
アイスコーヒーは液体飲料が主流という見方がある一方、粉末タイプには持ち帰る際の重さや保管場所の負担を軽減できる利点がある。消費者にとっては、メーカー側が区分する「液体飲料」「レギュラーソリュブル」といったカテゴリーよりも、手軽に飲めることや持ち運びやすさなどが重要になる場合もある。島川氏は「僕らの中の常識に縛られ過ぎている」と振り返り、既存の商品分類や売場を前提とせず、消費者が求める価値から市場を捉え直すことが重要だと指摘する。
単身世帯の増加や生活スタイルの多様化に伴う個別化も、そうした視点から注目する変化の一つだ。1杯分ずつ楽しめる個包装やコーヒーマシンなど、日本で培ってきた技術や製品には、消費者一人ひとりのニーズに応える可能性がある。
〈既存ブランドへの投資を重視、長期的な視点で市場を育成〉
島川氏は、日本の事業構成について「ポートフォリオ戦略を抜本的に変える必要はない」との認識も示した。これまで進めてきた選択と集中を評価し、既存事業やブランドが持つ強みを生かす考えで、そのための長期的なブランド投資を重視する。
「ネスカフェ」「キットカット」「ミロ」など、長年育ててきたブランドは同社の大きな資産だ。島川氏は、日本市場で新商品の改廃が繰り返されることに疑問も示した。販売が伸びなければ商品やパッケージに原因を求め、短期間で変更してしまう傾向があるという。
島川氏は「投資をきちんとしていこうと決めたら、時間をかけてでも、そのカテゴリーを作っていくべきだ」と述べ、新商品を増やすこと自体を目的とせず、品質や消費者価値に優れた商品を継続的に育てる姿勢を強調した。
販売面では、ECと実店舗を対立させない「チャネルレス」の考え方を重視する。消費者が欲しいと思った時に購入できる環境を整え、小売業との協業や店頭での体験機会、リテールメディアへの投資も進める。
足元では、コーヒー豆やカカオなどの原材料価格に加え、包装材料やエネルギーコストの上昇が収益環境に影響している。島川氏によると、2026年はコーヒー、チョコレートともに市場全体で金額増・数量減の傾向にあるものの、需要は想定以上に堅調で、同社の主力事業は市場を上回る成長を確保しているという。過去3年間にわたりブランド投資を増やしてきた成果も表れ始めているとみる。
島川氏は、目先の流行を追うのではなく、生活者の変化や新たな技術を捉え、長期的な視点で投資することが重要だと強調する。
人口減少や高齢化など、日本が先行して直面する課題を、国内市場の制約としてだけでなく、新たな価値を生み出す機会と捉える。その視点を、今後の事業展開にどう結び付けていくかが問われる。







